ゾンビルール⑥

こんな夜更けに一人で出歩いちゃいけない。幼い子供でも分かる。


だから、きっと。悪いのは君だよ。



「あのぉ……すみません。さっき、何か落としましたよ。これ、違いますか?」


「えっ」


若い女性にハンカチを手渡した。


目の前の女性が、ただの『器』にしか見えない。 越えてはいけない一線を越え、自分が自分でなくなる。



ナツのおばさんを殺した時から、僕は人間ではない別の何か、気持ちの悪いモノに成り下がった。



「あっ、これ。私のハンカチじゃありません」


「そうですか………。すみませんでした」


女性からハンカチを受けとると、僕はしばらく立ったまま、女性の様子を観察していた。



「あの……」


「僕の前で跪いて下さい」


「はぃ?」


「僕の前で跪いて下さい」


「あなた、さっきから何言ってるの。バカじゃないの、ほんと」



怒りを露にして、女性は僕の前から消えた。


「………………」


僕は、一度深呼吸すると、ゆっくりと歩き出す。罠にかかった獲物を捕らえる為に。



右ポケットに無造作に入れたハンカチ。

これは、ただのハンカチじゃない。

冷蔵庫で大切に保存していたナツの血をその布に染み込ませていた。

そんな物を素手で触った彼女が、無事で済むわけがない。


ゾンビ病は、人間を選ぶ。気に入った人間にだけ感染し、ゾンビ化する。

僕のように感染を免れる人間も少なくないが。



果たして、彼女はどうだろう。



しばらく歩いていると道路の真ん中で、先程の女性を発見した。僕の前で跪いている。



【ゾンビルールその④】


直接、ゾンビの体液に触れた場合、その感染者は自我がなくなり、ただの生きる人形になる。



「さぁ、起きて。もう帰っていいですよ。でも次に僕が呼んだら、必ず僕に会いに来てください」


「……………はぃ」



新しいナツの『器』を手に入れた。

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