あなたへ

字書きHEAVEN

Op

 今日もこの仕事を無事に終えることができた。

 平和そのものといった夕方の町の見回りを終えて、僕は相方にお疲れ様ですと声をかけた。

  尊敬する先輩でもあるジクはお疲れ、と言って皺が刻まれた頬を吊り上げた。

 トラシュとジクはパトロール型の自動人形だ。

 トラシュは生まれてまだ二年だが、ジクは大戦の数年後から稼働しているというので、いま生きている人間たちよりよっぽど年上だろう。

 うなじに刻まれた『29』という消えかけの刻印番号の若さがその歴史を証明している。

「俺は帰るが、お前さんは今日もあの子ンところに行くのかね」

「はい。それも僕の業務のうちなので」

「ははあ、ワガママな製造者を持つと大変だねェ。俺みたいなボロはお前さんのような若者みたいに器用じゃねェが、色々こなせてもそれはそれで面倒事が出てくるな」

 面倒事と言われて、僕は思わず苦笑いを浮かべた。確かにそうかもしれない。

 けれど僕はこのように表情も感情も豊かなジクのほうが、もしかすると自分よりこの後の仕事には適任なのではないかと思うのだった。

「じゃあなトラシュ、また明日」


 別れを告げてジクは石畳の道を市街のほうへ歩いていく。

 僕はその背中を数秒見送ってから、逆方向に足を向けた。

 町はずれのほうへ。石畳が地面に変わるころ、そういえばさっきの苦笑いは人間みたいな反応だったかな、なんて思考しながら。


 人が、人に似た人でない生き物、自動人形を造れるようになったのは百年ほど前のことだ。

 自動人形技術の確立と時を同じくして文字通り世界中を巻き込んだ戦いが始まり、あっという間に終わった。

 人類は力を持ちすぎていた。その力がぶつかり合えばどうなるのか、わかっていたのに誰にも戦いを止めることはできなかった。

 残された荒れ果てた世界を前にして人類は、ついに争いの原因となる天井なしの繁栄を諦めた。

 人口と産業活動をこの星と共生可能な程度の枠に収める決まりを作り、穏やかな衰退の中を生きる道を選んだのだ。

 それからの百年で人類は自然と共生ができていた時代──中世の街を意識した小規模な居住区を作り、多くの人々がそこに暮らしている。

 居住区とは別の限定された都市で工場や研究所を稼働させて物資を生産するようになり、多くの人々は労働から解放された。

 物資や運送、インフラの整備と補修。その他諸々がそれぞれ専門に特化するようデザインして製造される自動人形の労働の上に成り立っている。


“人間にしかできないこと”──芸術にまつわること以外、すべて。

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