由希の徒然短編集
由希
運命の人
世の中、妙なアプリが流行るなんてのはよくある。
俺の周りでも、今妙なアプリが流行っている。主に女子連を中心に流行しているそのアプリの名は『運命の人モンタージュ』。
何でも性別と生年月日を入力し、幾つかの質問に答えるとそいつが将来出会う『運命の人』の顔をアプリが生成してくれるらしい。よくある占いアプリの派生みたいな感じだな。
まぁ、正直馬鹿馬鹿しい。このアプリ通りの奴が将来本当に現れるなんて、そんな事ある訳ねーじゃん?
「ねーねー、アツシもやってみなよ! これー!」
そう思ってると、そう言って誰かが背後から腕を回してきた。面倒に思いながら振り返ると、そこには女友達のレイカが立っていた。
「ハァ? やんねーよそんなもん」
「そう言わずに! 一回でいいからさー!」
誘いを一蹴するも、レイカはなおもしつこくそう迫ってくる。こうなった時のレイカは、言う事を聞いてやるか他に勧めたいものを見つけるまで収まらない。
仕方無く、俺は、手っ取り早い方の解決策を取る事にした。
「……わあったよ。スマホ貸せ」
「はい! どんな顔が出るかなー?」
俺を後ろから抱いた姿勢のまま、レイカが自分の白いスマホを手渡す。どうやら俺がプレイするのを、このまま眺める気らしい。
突き放すのも最早面倒になり、レイカをそのままにアプリの診断をスタートする。まず性別と生年月日を入力し、普通の心理テストであるような質問に一つ一つ答えていく。
「おっ、それ選ぶんだぁ。ふーん、なかなか鬼畜ですなぁ」
後ろのレイカはと言えば、人が質問に答える度にそう言って茶々を入れてくる。正直鬱陶しい事この上ない。
そうして何度目かの質問に答えた時、急に画面が黒一色に切り替わった。次いで人間の顔の輪郭が現れ、髪型、目、鼻がスロットのように追加されて段々と表情が形作られていく。
『これがあなたの運命の人です』
最後にそんな文字が加わって、遂に顔は完成した。それはこの俺に釣り合うとはとても思えないほどの、絶世の美女の顔だった。
「うっわ……めっちゃ美人! 良かったじゃんアツシ、将来こんな美人と付き合えるってよ!」
まるで自分の事のように、興奮気味にレイカが言う。俺はそれに冷めた視線を返すと、持っていたスマホを無理矢理レイカの手に押し付けて返した。
「……くっだらね」
「何よー、テンション低いじゃん」
「俺占いとか心理テストとか、そーゆーの信じてねえから」
「もー、アツシってホント夢がない」
不機嫌そうにむくれながら、返されたスマホを手にレイカは去っていった。残された俺は一人、盛大な溜息を吐く。
「いつ現れるかも解んねー運命の相手なんかより、来週の期末テストの問題の方が知りたいっつーの」
この時期になっても勉強よりも運命の人とやらの方にご執心なレイカを始めとした女子連に軽く飽きれながら、俺は目の前のノートに視線を戻した。
妙なアプリの流行はすぐに廃れ、更に時は流れた。俺は勉強の甲斐あり、見事志望校に合格する事が出来た。
高校の時の友達は誰も同じ大学には進学しなかったが、新しい友達はすぐに出来た。新しくバイトも始め、充実した生活を送っていたそんなある日の事。
「あれ?」
バイトを終え、夜遅く下宿へと帰ると、俺の部屋の前に誰かが立っていた。遠いし外灯が逆光になって顔はよく見えなかったが、シルエットからするとどうやら女性のようだった。
言っておくと、俺にこんな夜中に家に訪ねてくるような関係の女はいない。となれば不審者か何かだろうか?
……いや。決めつけるのは早計だ。まずはとりあえず、向こうと話をしてみるとしよう。
そう思い、止まっていた足を動かし始める。やがて向こうも俺に気付いたのか、親しげに手を振ってきた。
何だ? 俺の知り合いか? そう思っていると、向こうが小走りでこちらに駆け寄ってきた事で外灯の光が当たり顔が照らし出された。
「わっ……」
思わず変な声が出た。現れた顔は、今まで俺が見た中で一番と言っていい美人だった。
「久しぶり、アツシ」
俺を見て、美人が嬉しそうにそう口にする。久しぶり? こんな美人、見た事があれば忘れる筈ないのに。
「あ、そうか、解らないよね。アタシ、レイカだよ」
「レイカ?」
俺の戸惑いを察したように告げられた名前に、驚愕する。レイカって、あのレイカか?
だって、俺の記憶にあるレイカとは全く顔が違う。どんなに化粧したって、アイツがこんな美人になるとは思えない。
「アタシね、整形したんだ」
疑問の答えは、レイカの口から出た。それなら顔が違うのも納得だが……。
「何で整形なんか……」
「ね、アツシ、この顔見て何か思い出さない?」
戸惑う俺に、畳み掛けるようにレイカが言う。……レイカは何が言いたい?
「これね、アツシの『運命の人』の顔なんだよ」
言われて、ボンヤリと思い出す。いつだったかレイカにやらされた、妙なアプリ。
同時に、ゾッとした。つまり、レイカは、最初からこのつもりで……。
「これでアタシは、アツシの『運命の人』。好きだよ、アツシ」
そう言って満面の笑みを浮かべたレイカに、無意識に足が後ろに下がる。コイツ、マトモじゃない。完全にイカれてる。
「……寄るな……」
「何でそんな事言うの? アタシ達、やっと結ばれる時が来たんだよ?」
「お前、おかしいよ。『運命の人』なんてそんなモン、いるわきゃねーだろ!」
恥も外聞もなく、俺はそう叫んでいた。けれどレイカの歩みも笑みも、止む事はない。
「そっか、こんなに早く『運命の人』に会えるなんて思ってなかったから照れてるんだ。可愛いとこあるじゃん、アツシ」
駄目だ、こいつ、聞く耳持たない! 全部自分の都合のいいように解釈してる!
そうだ、警察、警察を呼べば……!
「じゃあ、アツシが素直になれるようアタシがおまじないしてあげる!」
必死にポケットからスマホを取り出そうとする俺の目の前で、レイカがバッグから何かを取り出し握った。それは何をモチーフにしたのか解らない、奇妙な形の小さな像――。
「『カミサマ』、アツシを素直にしてあげて!」
「や、止め……!」
俺の制止も空しく。像は、俺の頭に無慈悲に振り下ろされた。
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