八月二九日

※「空気の日記」は、oblaat(オブラート)による詩人の輪番制web日記。2020年4月1日から2021年3月31日までの1年間の企画で、現在もウェブマガジン「SPINNER」に掲載されています。




百均でシールを買う。ノートに貼るためである。私はいろいろなシールを持っている。猫、犬、パン、ヒコーキ、ゾウ。シールは何事かをなしとげたときに貼ることになっている。最初にシールを貼りはじめた頃は、家事その他の日常タスクをひとつこなすたびに貼っていた。現在はまとまった文章を書いて公開するたびに貼ることにしている。シールを貼るのは赤い表紙のノートで、実験音楽とシアターのためのアンサンブルのツアーでベルリンに行った時、自分用のお土産として買ったものである。この文章を書き終えたあとも私はシールを貼るだろう。十日ほど前からは、寝る前に飛び跳ねないダンスを踊りおわった時にもシールを貼ることにした。何事かをなしとげたときのしるしがあるのはいいものだ。日常はものごとを平坦にする。平坦さにのまれる前に人類はシールを貼るべきである。

我が家にはテレビがないので政治番組をみるときはYouTubeライブをプロジェクターで壁に大写しにするのがここしばらくの習慣である。昨日の夕方は内閣の記者会見もYouTubeで鑑賞した。けなげさやもろさというものは武器や防具になりうると思ったし、それらをいかに表出できるのかは、生まれつきの属性や社会的立場ではなく訓練と才能によるものではないかと推測した。けなげさやもろさが武器や防具になるのは相対的に強い力に守られている場合のみだが、いざ目撃したときはそんな些末なことは忘れているものである。けなげさ、もろさというエンターテイメント。ライブがおわっても日常はつづく。



東京・つつじヶ丘




この日記の前日の八月二八日、安倍晋三首相(当時)が首相官邸で記者会見し、辞任の意向を表明した。

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