八月七日

※「空気の日記」は、oblaat(オブラート)による詩人の輪番制web日記。2020年4月1日から2021年3月31日までの1年間の企画で、現在もウェブマガジン「SPINNER」に掲載されています。





旅行も帰省もできないということで、東京都内の高級ホテルに泊まっている。自宅よりも広いスイートルームには、六人くらい眠れそうなふたり用のベッド、六個椅子が並んだダイニングテーブル、たがいちがいに二人が横になれるカウチ、壁にはふたつの巨大なテレビ。バスルームには大きな丸い鏡がふたつ、シャワーブース、バスタブ、スチームサウナがある。カウチに積まれたたくさんのクッションの配置を変える。ボタンを押すと開いたり閉じたりするカーテンのボタンを押して、開いたり閉じたりさせる。アフタヌーンティーにケーキとサンドイッチ、クロワッサン、チョコレートを食べる。チョコレートにはきれいな絵が描いてある。水ようかんとお団子、お抹茶のお点前。水のボトルの横には切子硝子のコップ。午後五時、スパークリングワイン、カナッペ、スモークサーモン、ハモ、じゅんさい、枝豆、西京漬のチーズ。午後七時、サラダ、ステーキ、ホタテ、カラメルソースのプリンとフルーツのデザート。ジェットバスのボタンを押すとシューっと音を立てて泡が出る。抹茶を点てた先生に倉敷デニム製のマスクをほめられる。フロントの女性は夏の着物をさらりと着こなしている。ことし庭の鐘は鳴らず、川沿いの桜を見た人も少ないが、ここではいたるところに吉祥文様がちりばめられている。わたしたちは幸運を呼ぶまじないで世界を防御する。必要なのは絆と繁栄のしるしだけ。



東京・目黒



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