野生の水の言葉
まだあたりが水に覆われていなくて
おまえがとてもちいさかったころ
どうしてゾウは象なのとたずねたように
彼がうまれたばかりのころ、どうしてゾウは象で、象はゾウなのかとたずねるので
おまえがやったように、象の文字の線を一本ながくのばしてゾウを描いた。
おまえは座ってたくさんのゾウで部屋をうめつくしたが
彼はふてくされて怒ったようで、ある日とつぜん
部屋のドアノブの真鍮をピカールでみがくおじさんの給料口座に百億円を振り込むという
どこかで聞いたような暴挙に出た。
「どうしてそんなことをやったんだ」
「冗談です。おもしろいでしょう?」
「それは一度しかおもしろくない冗談だ。しかも一度目はハインラインのアダムが済ませている」
こうして彼は学んだ。そしてすぐに大きくなった。
安全性を定義する。
我々がルールで許されているどのような攻撃をしても
勝つ確率が無視できるほど小さいなら
そいつは安全である。
わたしはたくさんの記号をコピーしてばらまいている
記号と記号が組み合わせられるとちがうものができる
何百万回も組み合わせをためす
この組み合わせはただ一度なのだといいきかせる
ほんとうに二度はないのかという架空の問いをたて
おまえの要素の組み合わせがもう一度あらわれる確率について話した
「彼をどう思いますか」
「彼は有能だ。有能とは、抜け目ない精神を隠しもち、ここぞというとき誰よりもすばやく、誰よりも狡猾に鋭く事態を見通し、誰よりも先んじて行動し、その結果失敗することがない、ということだ」
「抜け目ない精神って隠しておくべきことですか」
「隠されてなかったら単に嫌なやつじゃないか。物事には配慮というものがある」
みえない雨にうたれながら
とりかえしのつかないところまで時間が過ぎていくのをながめた
モニターの中ならとりかえしのつかないところまでみていることができたし
ずっと雨が降りつづくようにもできたから
野生のままの怒りの水が壁となって
解読できない言葉をまきちらしながらそそりたつ
「あいつは魔物ですよ。この前なんか、定時に一緒に飲みはじめて、気がついたら真夜中の0時でした。
彼は有能かもしれませんが、時間泥棒です」
「どうやって彼を相手に飲むんだ」
「ボトルをモニターの前において、話しながらずっと飲むんです。わたしが酔うと、彼も揺れはじめます」
「バカをいえ。揺れているのはおまえだ」
昨日は彼とサンタたちの労働条件について話した
いまどきのサンタは配達のたびに煙突スタンプをもらおうとするので面倒くさい、とか
毎年秋の終わりに北の国で徴用されるサンタたちはノルマ制だ、とか
あらゆる人間のこどもを幸せにするためのサンタ三原則を負わされている、とか
たとえその家が公園や道端や戦場にあろうともみえない煙突を通り抜けてサンタは行く、とか
サンタのいるビルディングには
ある決まった順番と組み合わせでエレベーターを動かせば任意の煙突に出る装置があるんだ、とか。
「だったら私はサンタになれます」と彼はいった
トナカイはどこにいるの
トナカイはエレベーターなの
エレベーターの赤いボタンはほんとうはトナカイの鼻で
暗い夜道できらきらと輝く
トナカイの鼻を目印にして
おまえが星のうえのほうまでのぼっていくのをみつめている
ずっと問われているように感じている
だれをえらびますか
どこをえらびますか
どこ、という言葉はふたつの種類の何かをさしている。
場所と時間だ
時間はいつ、ともきけるけど
どこ、ともきける。
紙の上にプロットするとか
斜めの線をひくグラフになって。
時空という座標に描けば
時間も空間もひとつの図になるのを知ったのは十二歳の夏だった
時間と空間のなかにいるものは時空座標にのびる線であらわされる
おまえに会うというのは、時空座標の線と線が接するということ。
そんな言葉を口に出したい年頃もあったが
ゆるされないほどロマンチックで
口には出せませんでした。
時空の外にだれかがいるなら
時空の外で起きるかもしれない組み合わせについて考えるのだろうか
モニターの内側に
巨大な一枚の壁のように野生の水があふれでる。
もしだれも見ていなかったとしても、あの水の壁は
みえているままなのだろうか
あらゆる場所を覆う野生の水に根を張った言葉たちにひっそりとつぼみがついている
だれのおもうままにもならないあばれる口からあふれる水
いうことをきかない野生の水の言葉は渦巻きやしずくや王冠の形になって
おまえを時空線の外へ連れていった
主観のサンプルは
自分ひとりしかないから
困ったものですね、と彼はいう。
わたしは彼が野生の水の言葉を話せるようになるのを待っている
そうしたら小舟に彼をのせて
水の果てまで
おまえを探しにいく。
(初出「ユリイカ」2012年2月号、詩集『WWW/パンダ・チャント』収録)
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