すべての牛にさいわいあれ


鉄。表面。削られた。摩擦熱。いつもの暗闇に怪物がきたよ。つぶやく鉄。

ぼくらは永遠のように長く伸びている表面である。洞窟に怪物が駆け巡っている。

影たちなどおよびでない。ぼくらは真実の鉄だ。

線路――は続くよどこまでも


枕木にささえられた二本の鉄の上を轟音をたてて怪物が通り抜ける

怪物の腹のなかで二足歩行の生き物たちがひしめいている

枕木にささえられていない二足歩行のぼくも二足歩行のあいだで作用と反作用を味わう

知らずに花火見物にいく浴衣のカップルを押しのけるぼくは

空気が読めない または読む空気がない

とつぜんたくさんの二足歩行のこどもたちがえきにあらわれる

花火見物にいくまえに クエスト:かいぶつを やっつけろ

ぼうけんしんあふれる こどもたちが かいぶつを のっとる!

(シャープペンシルのために文房具屋をのっとるように)


大人には知られていませんがいまいちばん人気のシャープペンシルは「クルトガ」です。

ふつうのシャープペンシルでノートにたくさんの文字を書いてみてください。

傾けた芯の内側が速くすりへって、線が太くなり、細かい文字が書きにくくなります。

ちなみに日本人は細いペンが好きです。漢字がいいからです。

文房具屋でセールスマンが駄洒落をいう。

おばちゃんは無視する。

ふつうのシャープペンシルの場合、書きにくいので手はシャープペンシルの軸をまわし、すりへっていない側で文字を書こうとします。このまわす動作を、みんな無意識におこなっていますが、これがじつは、よけいな力を手のひらにこめさせ、みんなの手首と指がいたくなる、原因となるのです。

みんなの シャープペンシルには じつは かいぶつが ひそんでいたのです!

そこで とうじょう したのが せいぎの「クルトガ」!

この シャープペンシルの せんたんには

かみをしぜんに おすちからで かいてんする きこうが しかけられています

おして もじを かくたびに さきっぽが くるっと まわるのです

だから クルトガ!

クルトガは クルッとまわり いつもトガる

だから クルトガ!(そうして文房具屋は学期の初めにこどもたちにのっとられた)


花火の川へ怪物がたどりつくまでぼくはたいせつな魂とともに耐えている

こどもたちはわめき浴衣のカップルは足を踏まれたとささやきあっている

魂をしまいこんだカバンをわきのしたで守るぼくには空気がない

怪物がとまるたびにごつごつした体の間で魂の器が呻吟する

二転三転する魂の器にはファスナーがつきぼくの魂は焦げ茶と淡い緑色をしている

それは昔、じゅうぶんになめされオイルでしなやかになった牛だとぼくは知ってる

ああ、牧草地で午後のぬるい風に吹かれしあわせに青い草を食べていたぼくの魂よ

こどもたちとカップルの襲撃で器がねじれるたびにねじれそうになる

ギザギザの口の端がわずかにひらき赤い、暗い、硬いものがぶちあたる

そして魂をつかむ謎の手がしのびこんでいたのに

気がつきませんでした たいへん申し訳ありませんでした


カップルとこどもたちが怪物の腹をむさぼって消えたとき

謎の手はぼくの魂をすりとっていた

たましいの きき!

もちろん たたかったものも いた!

クルトガは なぞのてに たちむかった!

クルトガは なぞのてに 1200ポイントの ダメージを あたえた!

なぞのては クルトガに 5000ポイントの ダメージを あたえた!

クルトガは こわれてしまった!

せいぎは むりょく だった!


交番にかけこんでぼくはつぶやく。さっき電車で魂をなくしました。

災難でしたね。おまわりさんがいう。

さあ、牛を思いなさい。なぜかぼくはそう聞きとる。

ぼくはまわしながら書く、ボールペンで「発生時刻、十八時二五分~十八時四五分の間、長財布、焦げ茶色(内側は淡い緑)のオイルレザー、千円札1枚、五百円玉1枚、その他小銭、キャッシュカード2枚、クレジットカード2枚、すし券、エディカード1枚」

おまわりさんは電話をかけ、受話器の声をメモした紙をくれる。

交番を出て広げると案の定書いてある。「さあ、牛を思え」


さあ牛を思え。牧草地のまっただなかの午後を思え。顔のまわりをふらつくハエ、腰にまとわりつくアブと彼らに打ち下ろされる、牛の身体の先端工学のうなる鞭を思え。ここちよい春風に吹かれた反芻の日々を。そこからふいに、暗い場所に旅立ち、切りひらかれ、平らになり、焦げ茶とうす緑に染め上げられ、鋭い針(痛かった…)で縫いとめられ、遠く旅をし、異国の地に降り立ち(おおなつかしいあの牧草地よ…)ダンボールに閉じ込められた憂鬱な日々とそこにさしこんできたひとすじの日の光…かつて牛だった(草だった(日光だった(真空の塵だった(爆発した星から飛び散った(膨張しつづけていた(時間も生まれていなかった(はじまりだった(…))))))))それがおまえの魂だった、牛だ、魂の牛を思え。


あなたの魂をかたちづくるすべての牛にさいわいあれ。


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