パンダフォール


天気予報通り、雨は夜ふけすぎにパンダにかわった

白と黒の闇の中に丸いものがゆっくり落ちてきた

丸いものも白と黒で、左右に動くダンパーの間でころがりながら遊んでいた

パンダだった

パンダが降りはじめたからあたりはしずかだった

パンダとパンダのふわふわの隙間が振動を吸収するからしずかになるのだ

明後日あたり、パンダ降ろしをしなくてはならない

遠く大陸から気流にのってきたパンダたちを

シャベルですくって手押し車で川へ運び流すのだ

季節の風物詩パンダ流しのニュースが放送されるだろう

川のそこかしこでパンダが無事に流れるようにパトロールが歩き

パンダ降りの季節の前に小学生は標語を書く

「ストップ!違法パンダ採集」「みんなのパンダ 海に帰そう」

「流してくれてありがとう こんにちはさようなら」

海へ出たパンダは、南の方で竜巻を待つ

海竜巻の長い指にのって海面から空へ飛び雲のさらに上のパンダ層へ到達する

そこは速い風が吹き渡り、回転する白と黒の永遠のパンダの原野で

かれらは長い時間をさまよったあと気流に乗って遠い大陸へ帰るのだった

周知のとおりこれがパンダ循環である

みんなのパンダ環境を守りましょう

一〇歳のある日、家じゅうの電気をつけてひとりで留守番していると

空からパンダが降ってきて雨どいに詰まった

もがくパンダの毛玉が窓の外を舞い、壁がきしきしと音を立てた

家庭用のパンダすっぽんは子供の手には大きすぎたが

雨どいに詰まったパンダの緊急避難は六歳で教わる市民の義務だったから

恐怖と不安で泣きながら雨どいにすっぽんをかぶせた

すっぽん!すっぽん!すっぽん!

すっぽん!すっぽん!すっぽん!

苦闘のすえ救出は成功した

雨どいの先端から三頭のパンダが大砲のように飛び出し

次の瞬間、遊びながら庭を転がっていく

白と黒で、楽しそうに

涙と汗でべとべとになったすっぽんを手にうなだれているぼくのことなど

眼中になかった

パンダなんかきらいだ

瞬間的にぼくはヘイトパンダ主義者になった

それでも

どれほど長い旅をしてもパンダは帰っていくのだった

どれほど困難なことが起きてもパンダはけっして泣かなかった

どれほどすっぽんをにぎりしめてもぼくがパンダになれないように

反射的にぼくは走り出した

これからどこへ行くのか皆目わからない一〇歳のぼくは

すっぽんを持って転がり続けるパンダを追いかけた

三つの白と黒が、つながっては離れ、またつながるのをみつめて

叫びながら走った、暗い青い水が流れる深い川のふちまで

突然パンダは止まった

川まであと1センチ

ほかのパンダは見えなかった

パンダ降りは始まったばかりで、初パンダは三日前だった

左端のパンダが回転し、ふりむいたようだった

すっぽんを振り上げて肩で息をするぼくにむかって

さようなら。

それからぽちゃんと音がして

見えなくなった

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