きみを呼ぶのは生きている者だけだ

河野聡子

なにかにあう日

きみを呼ぶのは生きている者だけだ



きみが車にはねられたのは仮面ライダーの三輪車に乗って路地裏で遊んでいたときだった。

きみは毎日台所の椅子から飛び降りては仮面ライダーに変身した。

きみは仮面ライダーの補助輪つき自転車で行けるだけのところへ行った。

小学校の校庭できみはいきおいあまって野球バットをかすりひたいを縫った。

きみは雨上がりの川へフナ釣りに行き妹を溺れさせた。

4年生の担任とそりがあわずきみは学校に行かなくなった。

5年生になったきみは隣のクラスに通った。

きみは放課後のサッカーでスパイクに踏まれて小指を骨折した。

中学生になったきみは校舎で友だちと追いかけっこをした。

きみは閉じたガラスのドアへ激突し鼻の骨を折った。

きみはバイクにあこがれたが暴走族は嫌だった。

きみは先生に黙って中型免許をとり丸坊主にされた。

きみは高校のスキー旅行で右脚を骨折した。

あまりにも楽しかったきみは骨が折れてもそのまま滑りつづけていた。

入院中きみは毎日マンガと小説を読んだ。

きみは友達と釣りに行き夜明けの島をバイクで走った。

マグロをとるためきみは船に乗った。


たくさんの出来事がおきるが

階段をいちだんいちだんのぼってはおりるようなものだ

きみはよく知っていただろう

ころびやすい段もすべりやすい段も

きみの足にはとどかないように思える高い段も

とりあえず踏んでしまえばいいのだと


きみの親友がバイク事故で死んだ。

きみはマンガのコレクションを高校を出たとき妹に譲った。

大学できみはマルチ商法に入れ込んだ恋人と別れた。

きみはモーターボートの免許を取った。

最初の職場できみは老人が運転する車に追突された。

きみはむち打ちになりしばらく寝こんだ。

きみは何年か失業していた。

新しい職場で出会ったひとときみはハワイで結婚した。

きみはべつのひとと駆け落ちした。

やがてきみに子供が生まれる。

きみは何度か仕事を変えた。


きみは長いあいだ呼ばれていると感じていた

とにかく段を踏まなくてはならない

自由にのぼったりおりたりできるわけじゃない


つらいことがあるときみの皮膚はかゆくなった。きみはよく友達の相談にのった。きみは酒場で持論を吐くのが好きだった。年上の先輩にかわいがられた。


とりあえず段を踏んでいくたびに

きみの肩につもるよろこびやかなしみが重くなる

呼ぶ声が来る場所をまちがえてはいけない

段を踏みはずせばふかい淵におちる

淵の底には誰の声もとどかないかわり

淵からきみが呼ばれることもない


きみはいろいろな人にいろいろな名前で呼ばれる。きみの人生はスマホの画面に流れていく。だれかがきみの物語を読む。きみはもう不滅を求めない。生きている者だけがきみの名を呼ぶ。




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