28. 特別地球気象オペレーションルーム
「ここで、いいんだよね」
有希は真新しいビルの広いロビーで右往左往していた。天井は高く五mはあるだろうか、ロビーも二十m四方はあり、そこここに立つ警備員が注意深くこちらを見ている。ロビーの奥にはカウンターが設えられており、受付の女性が二人並んで笑顔を浮かべていた。
そこに行けばいいのかわからず戸惑っていると名前を呼ばれた。
「おおい、真上寺さん」
振り向くと見知った顔があった。
「えーっと、斎藤さん……」
浦上の研究室で会ったことのある斎藤だった。有希の名前と顔写真の入った入館カードを受け取ると斎藤の案内でオペレーションルームに向かった。
オペレーションルームには二十人近くが忙しそうに立ち働いている。正面の巨大スクリーンには日本列島を中心に広い範囲の衛星画像が表示されている。日本列島の南海上の白い巨大な円盤が目を引く。周りの壁を埋める大型スクリーンには地球各地の衛星画像が表示されており、リアルタイムのデータが休む間も無くスクロールしている。
それらに感心していると声をかけられた。見知った顔が幾人もいた。
「やあ、いらっしゃい」
「こんにちは」
「槇原さんもいたんですね」
「真上寺ちゃん。聞いたよー。浦上くんと仲直りしたって。
よかったね」
礼を返し、先日のことを思い出した真上寺は俯いて耳が赤くなっていた。
「その肝心の浦上くんだけど、ちょうど今はお偉いさんたちと会議中なのよね。
真上寺ちゃんから連絡があったすぐ後でね。残念そうな顔してた。
ここの案内をしたかったらしいよ」
インターコムを着けた男性がふたりに割り込んできた。有希のカードに視線を落とす。
「すみません。真上寺さん……? 会議室に来て欲しいそうです」
「じゃあ、また後で」
槇原と別れ先ほどの男性に連れられて会議室に向かった。
会議室には巨大な楕円形のテーブルが真ん中においてあり。周りに二十人近くが座ってこっちを見ていた。
奥に座るメガネを掛けた男(滝沢)が立ち上がり、有希を紹介した。
「みなさん。紹介します。
この後の議題の作戦で鍵となる魔法使い、真上寺有希さんです」
「ほう」という声が上がる。真上寺の名を知る者も居たようだ。
だがほとんどは不審感を浮かべた顔、嘲りに近い顔、驚きの顔、顔、顔。有希はそのような雰囲気には慣れていた。親に無理やり連れて行かれた社交界のパーティー。ちっとも好きになれなかった。そんな場では必ず同じような目で見られたものだ。金持ちの、旧家の、魔法使いの、若い美しい娘と属性で見られることには慣れていた。
綺麗な礼をして、顔を上げるとただひとりの顔見知りが微笑みかけていた。奥に立つ浦上だ。駆け寄りたい気持ちを抑えて、楚々と歩み寄った。
有希がそばに来るのを待って、滝沢は会議の流れを元に戻した。
「ピースが揃ったので、最後のテーマについて会議を進めます」
この会議は、内閣府が管轄してる気候変動・温暖化対策会議の担当者連絡会議だった。
表向きには、内閣官房、環境省、経産省、外務省、防衛省、国土交通省、そして新たに参加した内閣魔法局と文科省の係長クラスが横断的に連絡を取りあっていることになっている。この上の組織にお飾りの有識者会議がある。
会議では、全世界的に問題になっている地球温暖化による気候変動、海面上昇、海面上昇に伴う経済水域の減少、特に先日米国西海岸を襲ったメタンハイドレートによる津波が議題となっていた。
そして、最後の話題は関東に近づく超大型台風二十四号への対応だった。
浦上のふたつ隣に座る男(仲本)が説明を始める。
「皆さんに今から配布する資料は……」
メンバーの手元のタブレット型情報端末にファイルが配布される。ファイル名は『極秘:魔法による気候変動穏緩化に係る対応策 -試策一 台風二十四号弱力化の試行-』とあった。
仲本が説明し、浦上が捕捉する。怒号、皮肉、冷笑、拒絶、説得、会議は紛糾した。
しかし、対案はなかった。大きな被害が出ることだけは共通認識にある。最後は、首相のこの作戦への信託を持つ滝沢が一切の責任を持つことでとりあえず承認された。問題があったら、すべてのツケを滝沢が払うことになったのだ。成功すれば、既定の計画が成功したと上に報告して省庁の手柄、失敗したら滝沢が独断で暴走したとして処分される。
当然、初めて浦上に会った時から可能性の一つとして滝沢は覚悟していた。今の地球にそれほどの危機を感じていたのだった。
それからは早かった。
有希を連れてオペレーションルームに戻ると、全スタッフを集めてミーティングを行った。検討すべきこと、用意する物、準備に入る者を決めた。全員のモチベーションは高い。作戦の持つ意味はしっかりと共有されていた。だが、やることは多い、時間は少ない。後一日、多く見て一日半以内に実行しないと機を失う。全員が全速力で走り始めた。
ひと通り準備を済ませた後の休憩時間に、浦上は有希を展望室に誘った。
窓の外に見える遠くの景色は陽の光で明るい。だが近景は雲がかかり薄暗い。今は、空の半分を雲が覆っていた。目に見える雲の流れは早い。
「ごめんな。あんな場になるとは思ってなくて、君を呼んだのは間違いだった。気分を悪くしてしまっただろ」
「ううん、大丈夫だよ。案外、私ああいうタイプの人たち慣れているから平気だよ。それよりも滝沢さんの
「嘘だよ。でも人間として尊敬しちゃう。
俄然やる気になったよ。この作戦絶対成功させよう。そう言う意味では大正解だったよ」
「そうだな」
大きく頷くと、有希の顔を見て吐息を漏らした。
「ありがとう。気になってたんだ」
「先輩…… 心配してくれてありがとう。私は平気だから。
さあ、オペレーションルームに戻ろう。皆んなが探してるよ」
有希は、浦上の手を引くと心の中で呟いた。『先輩って本当に優しい。作戦が終わるまでワガママは我慢しよう』
その時、有希は結局作戦がいつまで続くか想像もしていなかった。
課題は幾つもあった。
冷却魔法をどこにどの大きさで何箇所発動させるか
その影響のシミュレーションと最適解の計算。
どの計算結果を持ってゴールとするか
どうやってその位置まで近づくか。
結果をどうやって知るか。
破壊された魔法補助仲介装置の代わりの作成。
冷却魔法のパラメータの有希に合わせた調整。
最大の難問は有希が使える魔法の規模が判ってなかった。
MAAD=Magic Asist Agetn Device(魔法補助仲介装置)は、槇原が中心となり、伝手を辿って近くの大学の協力を仰ぐことになった。ベースとなる機械は、魔法学園大学から運び込んだ。
影響のシミュレーションは仲本が中心となって作成し、最新の地球シミュレータのCPU時間を確保してもらった。
ゴールは台風の中心気圧を980
現代魔法は術者の意識=認知によって発動するため、術者が現実のものを認知する必要がある。VRの技術を利用した遠隔魔法は研究されているものの未だ成功例はない。つまり、有希は何らかの方法で台風のそばまで行かなければならないのだ。これは、滝沢が中心となって、方法を検討することになった。
最後の魔法の問題。魔法式そのものは浦上がコピーを持っていたし、サーバ上にもバックアップがあったのでなんとかなった。パラメータ調整はやるだけだった。ただ、有希の魔法力の上限は試してみなければ判らなかった。というのも魔法学園の通常課程では有希の魔法力の上限が測れなかった。その上、普通人+αの体力の有希では後遺症のリスクを鑑みて測定されていなかった。
これは、浦上が測定のための特別な魔法式を用意して実験を行なった。室内では無理の上、移動の時間がもったいなかったので、屋上のヘリポートで実験を行なった。試す度に響き渡るドンと言う音で警察への通報が相次いだのは笑い話だ。
皆の不眠不況の努力で一日半後には必要なものは揃っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます