16. 尾行

 包帯も取れ、顔に貼る救急絆も小さくなった。その日浦上は足りない部品を買いに秋葉原に出向いていた。大学は都心にある植物園の北側に面する位置にある。そこから秋葉原まで歩くとちょっと遠いが歩けない距離でもない。

 九月の終わり、珍しくも朝から快晴で湿気も低く爽やかな秋晴れ、気分転換に歩くことにしたのだった。


 湯島聖堂の脇をぬけ秋葉原の街の外れに向かって歩いていた。秋葉原の中心部は今世紀の初めにはアニメなどサブカルチャーの聖地となっていて、昔ながらの部品を売っているような店は町の端の方に追いやられていた。


 あまり通ることのない街並み、キョロキョロしながら帰りの食事のことなどを考えて歩いているうちに違和感を感じた。奇異な目で見られることには慣れている。いつもなら人の視線を気にすることもない。ただ今日は悪意のように不快な視線がまとわりついて離れない。何度も振り返ってみるが不審な者は見当たらなかった。


 浦上は歩いていた広い道から細い路地に入り込んだ。まだ僅かに残る古い町並み、すれ違うにも気を遣う細い路地を抜けて、荷物の搬入口だろうか人ひとりが隠れられそうな窪みに身を隠した。しばらく待っていると地味な服装にサングラスを掛けマスクをした男が焦り気味に目の前を通り過ぎた。

 直後に通路に飛び出し声を掛けた。


「何かご用ですか?」


 まずは、丁寧に聞いてみる。自分の勘違いの可能性もある。

 その男はサングラスで目は見えないものの明らかに動揺してる。


「何のことだい。俺は、近道をしただけだ」

「それにしては、路地に入ったら急に早足になったじゃないですか」

「そんなのは俺の勝手だろう」


 言い訳だとわかったが、このような狭い路地でふたりきりなのは危険だ。浦上はとにかくその場から離れようとその先に見える大通りに向け一歩踏み出した。その動きにつられたのか男は大きく体を引いた。


 横をすり抜けようとしていた浦上は目の端で捉えた相手の動きにとっさに身をかがめた。頭上を通り過ぎる相手の蹴り。ギリギリでやり過ごした。と同時にがら空きの男の背中に向け手のひらを突き出す。掌底で相手の姿勢を崩そうとしたが、途中で腕を止め無意識の反応で体をとっさに右反転させ躱した。後ろ蹴りだった。ここまでの攻防で男の横に位置していた浦上は両掌を打ち出す。だが、腕でガードされた。反動で男は数歩下がる。

 ここでやっと声を発した。


「何をするんだ!」


 男は構えるでなく両手をだらりと下げて相対していた。


「ほう、思ったよりやるな。その動きは中国拳法か?」

「突然蹴りかかるやつに教えるギリはない!」


 男の口の端の片側がくいっと上がる。

「まあいい、監視だけの話だったが、気がつかれたなら身柄ガラを押さえた方が簡単だ」


 男は一歩踏み込んで中段回し蹴りを放ってきた。浦上も踏み込んで受けようとした…… 体が動き出した瞬間背筋に走る悪寒。重力に身を任せた。地面に這いつくばらんばかりに身をかがめた浦上の背中を蹴りが通り過ぎる。蹴りは回転中心に近い方が威力が低い、十分受け切れるはずだった。

 なんの特徴もない中段蹴りが通り過ぎた直後。ガン、ガラン。3mは離れた場所にあったスチールのゴミ缶が吹っ飛んで大きな音を立てた。缶はひしゃげていた。受けていたら一撃で意識ごと吹っ飛んでいただろう。


「なっ! お前は魔術師か」

「おお、よく避けたな。お前を嘗めていたようだ。

 その通り、俺の『百歩神拳』を躱せた奴は初めてだ」


 男の雰囲気が変わる。ゆっくりと体を起こす浦上に仕掛けるでもなく、構えも取らず両手を下げたままでいる。

 浦上も太極拳を修めてはいた。その目から見ても男が油断ならない相手だと判った。緊張感が背中に張り付く。何よりも先ほど見せた技以外にも何を隠しているかわからない。それは相手も同じだった。浦上はまだ何一つ技を見せていない。


 男が動く。右拳を突き出しそのまま踏み込んで左回し蹴りへとつなげる。浦上は背筋の悪寒を頼りに相手の技をなす。視覚にも神経を凝らし相手の技の些細な違いにも神経を尖らした。回し蹴りはスウェー上体を逸らすして躱す。すぐに返しの後ろ蹴りを払おうとして悪寒にとっさ半身を左に回す。途端、ボフンと2mほど離れた場所の使用済みお手拭きの詰まったダンボールが弾け飛んで中身をぶちまけた。


 浦上も掌(掌底)の表面に短距離の強い重力勾配を作り衝撃波を生み出す真短勁しんたんけいを打とうとするが相手に隙がない。何より浦上の技は相手に触れないと発動しない。特に浦上の流派はゼロ距離で張り付き相手の動作を誘導・コントロールする技が中心で長距離打撃の技は持っていなかった。通常の武術では十分だったが、相手に近づけない。これは勝手が違う。


 そもそも、浦上が手練れとの武術+魔法を使った対人戦はこれが初めての経験だった。

 当然、魔法学園の教程には戦闘術は含まれていない。体力は鍛えるが、戦闘術に関する訓練は保安職に進むものだけに許可されていた。浦上がその魔法技を使う機会はなかったのである。


 そして、いくら通常の武術の能力が高くても魔法戦となると全く勝手が違っていた。相手に隙がない。触ることもできない。では攻撃にならない。受けるべきか躱すべきかさえも経験が全く足りていなかった。


 相手もそれがわかってきたのか動作が大振りになってきた。いやいまや遊んでいるかのようだ。サングラスの奥の目は余裕でニヤついていた。隙だらけの蹴りを放ってくる。浦上はそれを避け踏み込んだら、背中の悪寒が。地面に転がった途端背後のガラス窓が砕け散った。


 男が蹴り上げた足を振り下ろしてくるのを地面を転がって避けた。そのまま男の足が地面を叩く。腹の底に響くような衝撃と共に地面が凹み地が揺れる。喰らっていたら命に関わった。ワザと技を放ったとということは判った。


 このままではいずれ捕まる。浦上の緊張感はいや高まる。いよいよ覚悟を決めた。はね起きる勢いで数歩後ろに下がり、腰を落とし両手を前に突き出すとともに唯一使える遠距離技『双掌押打波』を打ち出した。


 男は浦上の魔法技だと気がつくと避けようとしたが、その技の範囲の広さゆえ逃げ切れず吹き飛ばされ地面を何度も転がった。


 この技は、正確には攻撃技ではない。目の前の空間に直径2mほどの楕円形の加速勾配を作りその領域を急速に押し出すものだ。本来の目的は目の前に群がる敵を広範囲に吹き飛ばし、押し倒し隙を作る。あとは逃げるなり個別に倒すなりする。ただ、この魔法技はすごく疲れる。そのため使うのに躊躇していたのだ。


 時間切れだった。先ほどから響く打撃音や魔法による衝撃波が辺りに響き渡っていた。何事かと周辺の住民が窓を開けたり、ドアから様子伺いに出てきた。


「まて、逃げるのか」

「どうせ俺の任務は失敗だ。十分楽しめたしな。じゃあな」


 男はそう吐き捨てると呆れる速さで走り去る。先ほどの技の脱力感副作用が抜けていないうえ、本当ならギリギリ助かったのだ、追いかけるべきではない。だが、浦上は背後を知りたいと思わず走り出していた。


「きゃー」


 男は大通りに出ると歩いていた女性数人をつき転ばすとそのまま遁走してしまった。さすがに倒れた女性たちを無視するわけにもいかず。浦上は追いかけるのは諦めたのだった。


 さっきの場所に戻ってみると、そこには奇異の目とサングラスが落ちているだけだった。とりあえずサングラスを拾い。すっかり気落ちして大学に戻ることにした。

 大学までの道を歩きながら、今日の事件できごとを振り返る。


「あいつはなんだったんだ。『監視』と言っていたがどこかのエージェントなのか?」

 

 浦上は空を見上げて呟いた。


「老師、貴方との修行に助けられました」


 ひと言呟くと、かつて武術を習っていた頃のことを思い出していた。

 浦上は、小学校の適性検査で魔法適性を指摘されると魔法にのめり込んだ。

 実際に魔法が使えるようになるのは、高校生になってからだと知ってからは本を読みまくった。小学生には解らないことだらけだった。ただ、体力が魔法力に繋がると知ると自己流で体を鍛え始めたのだった。


 中学生になると近くの公園で朝早く鍛錬をしていた中国人の武術家に入門をしようとした。その人を選んだのは素人目にも動きに無駄がなく一番綺麗だったからだ。しかし、もう老齢に差し掛かろうかという武術家は彼の動機を聞いて入門は認めなかった。浦上は何度も通ってお願いをしたが、武術家は決して首を縦に振らなかった。


 でも、通う度に色々と教えてくれた。そのうち一緒に鍛錬することは認めてくれるようになった。姿勢、歩法、呼吸法、体の動かし方、運気法などなど、ある意味本当の弟子より詳しくかつ厳しくされた。


 ひたすら基礎の套路ばかりやらされる日々だったが、浦上にとって体力の向上が目的であったし、武術家の人柄に信頼感を持っていたので不満はあったものの耐えていた。その時には入門しているわけでもないのになぜそこまで見てくれるか判らなかった。


 それは後日、高校に進学した時に氷解した。

 呼び出され告げられた。


「君は才能を秘めている。頭もいい。君を見て動機を聞いた時に私は確信した。君は私の弟子として伝統武術の慣習に縛られるべきではない。その才能でもって世の中に貢献すべきだ。

 だが、君の才能を見ていると武術家の私は何もしないではいられなかった。

 魔法使いがなんなのかわからないが、聞き知った通りなら君は私の流派の奥義を会得できるだろう。もし、弟子だったらそれを知ることは大変な義務を背負うことになる。だから何も告げない」


 それからは、深夜にふたりきりでの無言の修行が習慣になった。何も言われない。武術家はやって見せるだけ。浦上は、目に焼き付け、考え、やって見て何を伝えようとしているのか読み取る。ただひたすら見たままを繰り返すだけだった。


 何も判らず、ただひたすら繰り返す苦しい二年が過ぎ、学校での魔法実習が始まって魔法の行使にも慣れてきた頃。ある日突然それを体感した。動きのひとつひとつが、魔法の呪文や魔法トリガーに相当している。体の動きと手の形、腕の振りに合わせ魔法行使を意識すると自動的に魔法の技が実行された。

 本来、先天的魔法使いのための武術の奥義会得の訓練法だったのだろう。


 今ではわからない。大学進学を機に最後に会った時に技の名前を教えてくれたがそれ以上は何も語らなかったからだ。国際情勢の緊迫で故国に帰ってしまった。昨今の情勢では魔法使いは原則国境は越えられない。出国許可が出なかった。


「老師に会いに行けたらなあ、もっと教えてもらいたいことがあるのに……」


 そう独り言ちるとトボトボとした足取りで大学を目指すのだった。

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