15. プロジェクト名『魔法による量子空間の真空の対称性干渉』
浦上は次の日には退院でき、魔法学園の地域を管轄する警察に呼び出されたものの、聴取はすぐに終わった。爆発で重傷者は出たとは言え死者はなく回復可能でった事。(ここでは魔法技能のことは考慮されない。肉体的に回復可能ということ)あくまでも実験計画の提出された正式な実験中の事故であるとの魔法大学の主張。
浦上が述べる物理理論と魔法理論を聴取者の誰も理解できないものの、説明に矛盾点や隠そうという意図が感じられず、予見できなかった事故であるとの結論になった。結果として厳重注意でカタがついた。(話を聞いている者たちは皆目が泳いでしまっていたが、それは内緒だ。)
浦上は、予見できなかったとは言え自分の実験でひとりの若者の魔法使いとしての将来を奪ってしまった事を悔やんでいた。それもあり、聴取には真摯に対応した。それがよかったのだろう。彼の態度は誠実さとして受け取られ心証を良いものにした。
浦上は悔やんでいたとは言え、厳重注意で済んだのことにホッとしたことは事実だった。
事故から一週間が経っていた。
浦上はまだ頭に包帯を巻いたまま、だいぶ小さくなったものの顔には絆創膏が貼られていた。藤木はギブスをした左腕を包帯で釣っている。山村は一番奥にいたせいで打ち身で済んだのは幸いだった。
浦上は椅子から立ち上がると情報タブレットを操作して宣言した。
「えー、それでは報告会を始めます」
場所は学部長室、十二畳ほどの部屋の片側にドッシリした木の机が置いてある。分厚い天板に綺麗な木目が印象的な机だ。これほどの一枚板の机は今では手に入らない。この大学が魔法学園大学になる前から使われていたものだ。同じような歴史を持つ大きな本棚も部屋の隅にあり、専門書がぎっしり詰まっている。当世書籍はほぼ電子化されている。紙の本は趣味人の本棚か図書館の古い資料ぐらいでしかお目にかかれない。ここにある本は前世紀や、今世紀初頭に出版された書籍達である。ほとんどの本の背表紙が色褪せているのが歴史を感じさせた。
部屋の主は机の奥で椅子に浅く腰掛け身を乗り出して期待に目を輝かせている。
机の前に設えられたずっと今風の応接セットには実験に協力してくれたスタッフ男女ふたりと共に研究室の
浦上はいつも使っている講義室を使おうとしたが、教授の指示で学部長の部屋を使うことになったのだ。もちろん学部長が同席するのもボスの指示だ。
浦上は開会の挨拶をしたものの黙り込む。昨日、斎藤の状態の報告があった。意識は戻り体の回復も順調で骨折はあるが二週間もすれば退院できそうだとのことだった。
ただ、浦上が危惧した通りだった。彼はもう魔法が使えなくなっていた。それを思い出すと、ここでこんな事をしていてもいいのかという思いが湧き上がる。だが、この集まりはボスの強い要請だ、断ることはできなかった。
みんなもその気持ちがわかるので黙って待っていた。彼は何かを飲みくだし、意を決して再度開会を告げた。
「一人足りませんが、この度の実験の報告会を始めます」
みんなの表情につきまとっていた緊張が緩んだ。それからは、淡々と理論の概要と実験の趣旨、取った手法、想定された結果と実際の結果を説明していった。
浦上が行った実験のテーマは時空間干渉魔法に『並行宇宙論とエネルギー非保存』を応用することである。
『並行宇宙論とエネルギー非保存』とは十年ほど前に報告された現象を説明する仮説として提唱されたものだ。
本来魔法も物理法則下にある。この物理的世界で物理的効果を生じる以上当たり前のことである。ものを動かすためには力を加える必要があるし、運動量やエネルギーも保存されなければならない。無から有を生じる便利なものではない。物語の中の魔法と違うのだ。ヒトを蛙に変えたりはできないし、何もない空間からモノを出したりすることもできない。
なのに若い魔法使い数名の魔法が、魔法行使前と後とでエネルギーの収支が合わなかったのだ。明らかに従来の生理学的エネルギーでは説明のつかないレベルで魔法を使っていたのだ。
理論の提唱者たちは、慎重な観察と実験結果を説明するものとして、説明のつかない余剰エネルギーは他の宇宙から持ってきていると提唱した。その機構までは説明できていなかったが、仮説として真空の基底エネルギーがこの宇宙より高い量子宇宙から差の分のエネルギーを持ってきていると仮説を展開していた。
浦上は、その仮説をヒントに違う量子宇宙の間を量子サイズのワームホールでつなぐ方法を考え出した。最小限のエネルギーと因果への干渉で量子宇宙間をつなぐ。これは魔法だからなし得たことだ。
従来の物理学が得意とした巨大物理学では装置の巨大さと効率の悪さから必要とされるエネルギーが
意識と認識とを最小限に絞り込み量子レベルで制御できれば人間の生理的エネルギーで十分干渉を作用させることができた。
そのための魔法式は複雑精緻なものになり、MAADのような補助機械がなければおよそ実行はできなかっただろう。
参加しているメンバー達が浦上の提唱している理論を理解できているとは限らなかったが、外形に関してはほぼ理解していた。その上で今回の事故の理由は共有された。『魔法が
研究室のボスが発言を求めた。
「それで、浦上君。魔法の名前は決めたのかい?」
「ええと、私が決めていいのですか?」
「それは決まっている。最初に作ったものの栄誉だろう」
当然という顔の教授の顔から視線を巡らすと、皆が同意の眼差しを向けている。最後に奥の
「『多元量子宇宙ブリッジ魔法』と名付けました」
パチパチと拍手が起こる。やはり、少し寂しい。だが、誉れ高き瞬間だった。
浦上が感激を噛みしめていると、さっきまで和かだった教授が苦渋の表情を浮かべ話し始めた。
「皆さん。儂からお願いがある。これはとても大事なことだ……」
言葉を一旦切って続ける。
「浦上くんが提唱した理論と、作り上げた魔法式は驚嘆に値する。もちろん、まだ問題を抱えていることも確かだ。ただ、この方向が間違っていないことは実証された」
立ち上がり、みんなの顔を見回し、ひとつ頷く。
「そこで、この理論が持つ意味を考えてみた。これは、大変なことだ。人類が手にする無尽蔵のエネルギー源となれる可能性がある。それは社会を変える可能性であり、今ある人類の危機を救う鍵ともなりうる。
この様な力の登場に君たちは
これは儂の予想だけでなく、知己からも指摘されているのだ。これからこの研究室は、様々な意味で注目の的になるだろう。注目してくる相手は学術界のものとは限らない。様々な国の様々な情報機関が動く可能性がある。直接の接触は考えにくいが、何が起こるかわからん。
爆発事故がなければ理論の研究を穏やかな環境で行えたはずだった。だが、いまは考えても詮無いことだ」
腰を屈めてテーブルに手をついて頭を下げた。
「これは儂のミスでもあるのだが、今回の様な形で世の中に知られるとは想定外だった。いま大学は情報を統制してこの件の詳細が外に出ない様にしているが、どの様な場合もそうなのだが。完全に隠すことはできないだろう。
君たちの身を考えても、この件は私の預かりとして、浦上くん以外はこの件にはもう関わらないでくれ。
君たちが、この世紀の実験に加わっていたことはしばらく伏せられる。しかし、私の学者としての生命をかけて約束する。いずれ、公になった時には君たちの名誉は確実に守られると保証する」
いつもは、ほよっとしてる。教授が真剣な表情で訴えることに、みんなは
藤木が、意を決して激しい口調で言葉を吐き出した。
「そんな、今更外れてくれというのは無しですよ。そんな無体な話は聞けないです。僕も研究者の端くれ、こんな二度と無い歴史的瞬間に
迷いを表情に含みながらも最後のひとりも訴えた。
「私だってそうです。そんなこと聞き入れられる訳ないじゃないですか」
「しかし、君たちの身体の危険さえありうる」
「僕は、魔法使いになれて、魔法大学に入れて、この研究室で浦上先輩と一緒に研究に参加できたことに誇りを持っています。
どんな実験にも危険はあります。それを、あるかもわからない情報機関の危険なんてことで諦めれる訳ないじゃ無いですか。
力足らずでやめてくれって言うなら、悔しくても納得できなくても諦めれます。でもそうじゃないなら……。
斎藤くんはどうするんですか、魔法は使えなくなったとしても理論はやれるはず。彼が参加したいと言ったらどうするんですか」
彼の瞳は怒りの光を含みながらもテーブルに突かれた教授の手を見つめるものの決して目を見ようとしなかった。
そこで浦上が口を開いた。
「教授本当なんですか? 情報機関の話は」
「いや、可能性だがな。だが、可能性は高い」
浦上は手に持って居た資料を机の上に置き目を伏せてを手を握りこんだ。
「教授の考えもわからなくはないです。彼らのことを思いやってのことだと。俺からは何も言えないです。
でも、俺は斎藤くんが、それでも参加したいと言ったら断ることはできません。俺は、彼の希望を受け入れます。藤木くんや山村さんの希望にも沿ってやりたい」
そして、寺田教授の目を見つめた。
「俺はできる限り、スタッフたちを守ります。それはチーフとしての責任でもあります」
浦上は思わず自分を『俺』と呼んでいた。
教授はしばらく渋い顔をしていたが諦めたようだった。
「判った。若い君達がそこまで言うなら儂からは言うことはない。
その代わり、十分気をつけて。研究以外でも何かあったらすぐ儂に報告してくれ。それから、儂の指示にも従ってくれ。
儂だって、論文の著者の最後に名を乗せることになるんだ。失敗や頓挫などさせる訳にはいかん」
いつもの和かな顔に戻り皆に告げるのだった。
「これからこのプロジェクトを『魔法による量子空間の真空の対称性干渉』略して魔真対と呼ぶことにする。この命名は儂の権利だからな」
「魔真対、マシンタイ。教授、呼びにくいですよ」
「いいんじゃ。マシン隊と思えばかっこいいだろう。ははは」
教授のお茶目な面を知って愕然とする一同だった。
離れたところに座る学部長は、
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