聖子ちゃんからの依頼
学校が終わって放課後。帰宅した僕がリビングで宿題をしていると、玄関の方から元気のいい声が聞こえてきた。
「翔太―、帰ってるー⁉」
この声は、聖子ちゃんか。聖子ちゃんも学校が終わって帰ってきたみたい。
だけどおかしいな、いつもだと部活があるから、帰ってくるのはもうちょっと遅いはずなんだけど。
とりあえず迎えに、玄関まで出てみることにする。
「聖子ちゃんお帰り、今日はやけに早い……あれ?」
玄関にいたのは聖子ちゃんの他にもう一人。そこにはなぜか、大路さんの姿があった。
昨日みたいな演劇部の打ち合わせならともかく、今日みたいな平日にどうしてうちに? そう疑問に思っていると……。
「翔太お願い。演劇部の手伝いをしてくれない」
「へ?」
あまりに唐突な頼みに、ポカンとしてしまう。これは昨日言っていた、演劇部への勧誘の話の続きだろうか? しかし。
「『へ?』じゃないわよ。手伝ってって言ってるの。『はい』か『Yes』かで答えて……」
「落ち着け聖子。ショタ君すまない、どうやら私がついて来て正解だったようだ」
聖子ちゃんの口を手で塞ぎながら、大路さんがぺこりと頭を下げてくる。
「いえ、別に謝らなくても。それより、いったいこれはどういう事なんですか?」
「そうだな、まずは順を追って話そう。実は私たち演劇部は、今ちょっと困ったことになっていてね。だが君の力を借りれたら何とかなるんじゃないかって、聖子が言い出したんだ」
「僕の力を? でも僕、演劇の事は何もわかりませんし……」
とはいえ聖子ちゃんが言い出したと言う事は、何か考えがあってのことだろう。聖子ちゃん普段はいい加減に見えて、演劇の事は真剣に考えているふしがあるから。
「とりあえず玄関で話すことじゃなさそうなので、まずは上がってください」
お客さん用のスリッパを用意して、大路さんを中へと通したけど、それにしても聖子ちゃん、いったい何を考えているのだろう?
疑問に思ったけど、その心の内は表情からは読み取れなかった。
昨日と同じようにリビングに案内して、さっきまでやっていた勉強の後を簡単に片づけてから、大路さんや聖子ちゃんと向かい合う形でテーブルに着く。
「で、演劇部の手伝いって、一体どういうことなの?」
「それがね。今度の文化祭でやる劇で、ちょっと問題が起きたのよ」
「問題って言うと、脚本が出来てないとか? それとも、誰かが怪我をしたの?」
「そうじゃないんだけどね。実は文化祭でやる劇は、三年生が抜けて初めての公演なんだけど、思った以上に人手が足りなくて。それでも部員一丸となって取り組んではいるんだけど、衣装作りが難航しちゃってるのよ」
聖子ちゃんが頬杖を付きながらため息をついて、今度は大路さんが口を開く。
「今まで衣装は、三年生の先輩方が中心に作ってきたんだ。一、二年生でも衣装作りの経験があるものは何人かいたのだけれど、このままだと間に合いそうになくてね。せめてあと一人くらい、衣装が作れる人がいればいいのにと言う話になったんだ」
「三年生が抜けると、やっぱり大変なんですね。でも衣装作りなら、例えば家庭科部に依頼することは出来ないんですか?」
家庭科部の人達なら、衣装を作ることもできそうだ。しかし大路さんは首を横に振る。
「それも考えたんだけど、向こうは向こうで文化祭の準備があるそうだ。自分達の準備が終わったら手伝っても良いとは言ってもらってはいるが、当てにしすぎるわけにはいかない」
ああ、そりゃあそうか。服を作る作業は、とても一日や二日でできるようなものではない。頭の中でイメージを固めて、それに合った生地を用意して、縫っていって。
僕も以前にハロウィンのイベントで、お姫様の衣装を作った事があるから、その大変さはよく分かる……って、まてよ。と言う事はまさか。
「ひょっとして手伝いって言うのは、その衣装作りだったりする?」
「せいかーい、さすが翔太」
よく分かりましたと言いながら、テーブル越しに頭を撫でてくる聖子ちゃん。
けど急に衣装を作れだなんて急に言われたって困ってしまう。しかし、一度そうと決めた聖子ちゃんが中々引かないと言う事は、僕もよくわかってる。
「翔太、あんたが今着ているその服って、元々私が着ていたやつよね」
今僕が着ているのは、空色のパーカー。聖子ちゃんから貰った、お下がりのものだ。
「それ、私が来てた時と、微妙にデザインが違う気がするんだけど。それに、どこだったか破れてたと思うんだよね。でも今は破れ目なんて無いし、アンタが手を加えたのよね?」
「まあ、ちょっといじっただけだけどね」
着ているパーカーに目をやって、貰った時のことを思い出す。
たしか聖子ちゃんが、袖に穴が空いたからもういらないと言って、それで僕がもらったんだっけ。
で、僕だって穴の開いたままの服を着る気にはなれなかったから、縫い直したのだ。ちょっぴりアレンジを加えてね。
すると話を聞いていた大路さんが、目を丸くする。
「ほう、その服はショタ君が作ったものなのか? 凄いね」
「作ったんじゃなくて、アレンジをしただけですって。縫い直した上から別の生地を重ねて、目立たなくしたんです。他の所もそれに合わせて、少しずつ変えていきました」
お下がりとなると、どこか痛んでいることも多いから、部屋着とはいえある程度見栄えを良くするために補修をするのは基本。少なくとも僕は、当たり前のようにやっている。
「前に、お姫様の衣装を作った事もあるよね。町内のイベントで、優勝したやつ」
「まあ、一応」
「お母さんから習ったとは言え、よくあんな物作れたねえ。本当にアタシの弟かしら?」
「僕もそれが不思議でならないよ」
前に聖子ちゃんが、気まぐれで取れた服のボタンを縫い直そうとした時は流血騒動になっちゃったっけ。
せっかくの服が血で汚れてしまい、それ以来聖子ちゃんには針を持たせてはいけないと言うのが、我が家のルールに追加されていた。
「それだけできれば、衣装くらい作れるでしょ。あんた何度か、服を作ったこともあるし」
「確かにあるけど、だからと言って劇の衣装なんて難易度が高いよ。大体いくつ作ればいいのさ?」
高難易度のミッションを平然と言われた僕は、眉間にしわを寄せる。だけど大路さんが慌てたようにフォローを入れる。
「聖子、説明不足だよ。すまないショタ君。私たちは何も、君に全ての衣装を作ってくれと言っているわけではないんだ。実は衣装の大半は何とか作る目途がついているのだけど、一つだけ滞っているものがあるのだよ」
「そうなの。頼みたいのは、王子様の衣装よ!」
大路さんに代わって、聖子ちゃんが元気よく答える。
王子様の衣装って言うと、かぼちゃパンツをはいているような、あの王子様? うーん、想像してみたらダサくて、あんまり作ろうって気が起きないんだけど……。
「翔太、あんた今おかしな想像をしてるでしょう。大方かぼちゃパンツのダサい王子様を思い浮かべてるんじゃないの?」
「どうしてわかったの?」
「何年アンタの姉やってると思ってるの? いい、王子様役はこの満なんだから。満の溢れんばかりのイケメンオーラを殺さないよう、120%発揮できるような王子様の衣装を、あんたに作ってもらいたいわけよ」
僕はちらりと、大路さんに目を向ける。
当の本人は、「私は別にイケメンではないのだけど」なんて言っているけど、そんなことは無いですって。
しかし不思議だ。大路さんが着る衣裳って考えたら、途端に別のイメージが浮かんできた。見る者全てを魅了するような見目麗しい王子様の、煌めくような衣裳が。
「大路さんの衣裳……それならイメージ沸いてきたかも。って、ちょっと待って。でもそれってもしかして、凄い大役を任されるってことだよね。何だか凄いプレッシャーを感じるんだけど。それに僕、演劇部でも無いし……」
聖子ちゃんは僕のやる気を出そうと思って言ったみたいだけど、責任重大に思えてきて、かえって二の足を踏んでしまう。だけど等の本人は。
「やりもしないうちから諦めるんじゃないの。あんたどうせ、放課後暇じゃない。それに今日はわざわざあんたにお願いするためだけに、満にも来てもらったんだから。断ったりしたら悪いとは思わないわけ?」
そりゃあ確かに力になりたいとは思うけど……。
でも言っておくけど、放課後は暇なわけじゃ無いから。いつも家事で忙しいんだからね。
「落ち着け聖子。ショタ君にだって都合があるだろう。無理にお願いするのはよくない」
「そんな。それじゃあ満、何のためにうちまで来たのよ?」
「ショタ君にお願いすると同時に、聖子が無理強いしないよう見張っておくつもりだったのだけど、どうやら来て正解だったようだな。でもショタ君、やはりどうしても、難しいだろうか?」
眉を下げて、元気無さげに尋ねてくる大路さん。すると聖子ちゃんも、さっきまでの軽いノリとは違う、真っすぐな目で僕を見る。
「今度の劇はね、引退した先輩達に見てもらう大切な劇なの。文化祭公演は毎年残された後輩が、演劇部は私達が守っていきますってところを見せて、先輩達を安心させてきたわ。だからどうしても、失敗するわけにはいかないのよ」
いつになく真剣な表情の聖子ちゃん。やっぱり演劇に対する姿勢は本物だ。
聖子ちゃんも大路さんも、今度の劇とやらによほど力を入れているのだろう。もしかしたら本当は、演劇部でもない僕に頼りたくはなかったのかもしれない。
だけど背に腹は代えられない。どんな手を使ってでも、劇を成功させたいと、そう思って僕に話を持ってきたのかも。
僕はそんな聖子ちゃんや大路さん……ううん、演劇部の人達の想いを、自信が無いからと言う理由で無下にしていいのだろうか? いや……。
「……分かった」
「えっ?」
「そこまで言うなら、やってみるよ。自信があるわけじゃないけど、頑張ってはみる」
「本当かいショタ君?」
ぱあっと表情が明るくなる大路さん。聖子ちゃんも拳を握りながらガッツポーズをとっている。
上手くできるかどうかなんて分からない。もしかしたら作った結果、酷評を受けてしまうような酷い出来になってしまう可能性も、無いわけじゃない。
だけどわざわざこうして僕を頼って来てくれたんだ。
決して自信があるわけじゃないけれど、二人の熱意に触発されて。僕はやってみようという気になったのだった。
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