演目はラプンツェル

 少し迷いはしたけど、衣裳作りを引き受けて。

 そんな僕に感激と言わんばかりに、聖子ちゃんが抱きついてくる。


「ありがとう。さすが翔太、愛してる」

「そういうの良いから。それで、どういうのを作ればいいの? デザインもまだ決まってないんだよね。というか王子様って言ってるけど、いったい何の劇をやるの?」


 くっついてきた聖子ちゃんを引き剥がしながら、まだ肝心な事を聞いていなかった事を思い出す。

 白雪姫、美女と野獣、王子様が出てくる作品は数あれど、求められる王子様はみんな違う。その役に合った王子様の衣装を作らなければならないのだ。


「演目は『ラプンツェル』だけど、アンタ知ってたっけ?」

「ええと、確かDズニーの映画でそんなタイトルの話があるって言うのは知ってるけど……」


 だけど内容の方は、生憎よく知らない。

 昔、僕の髪はラプンツェルみたいに綺麗だって言われたこともあったから、髪の綺麗なお姫様が出てくるのかなーって思ったことはあるけど。あの時詳しく聞いておけば良かったなあ。


 するとそんな僕を見て、聖子ちゃんに変わって大路さんが説明を始める。


「いいかいショタくん。『ラプンツェル』と言うのは、物語の主人公の、女の子の名前なんだ。赤ちゃんの時に悪い魔女に攫われて、以来ずっと出口の無い塔に閉じ込められて、召使いとして働かされている、長くて綺麗な髪をした女の子の物語」

「あ、長い髪って言うのは、聞いた事があるような気がします」

「その長い髪と言うのが重要でね。さっき言った塔には、出入口となるドアはないけど、窓はあった。魔女は外に出る時、ラプンツェルに頼んで窓からその長い髪を垂らしてもらうんだよ。そしてそれをつたって下りて、外に出かけて行くんだ」

「髪をつたって下りるんですか? それってラプンツェルは、相当痛い思いするんじゃ……」

「こら、そう言う事を、いちいち突っ込まない。お話なんだから、ラプンツェルは痛く無いの!」


 聖子ちゃんから怒られちゃったけど、確かに今のは僕が悪かったかも。細かい事には、ツッコむべきじゃないよね。

 大路さんはそんな僕らのやり取りを見て可笑しそうにしながら、話を続けて行く。


「ラプンツェルはそんな事を繰り返していたんだけど。ある日のこと、魔女が外出中に、塔の下を通る男性が現れたんだ。その男こそ……」

「王子様ってわけですね」

「そう。王子様は塔の窓辺にいたラプンツェルを見て、声を掛けたんだ。魔女以外の人と話したことが無かったラプンツェルだけど、王子様のことはすぐに気に入って。本当は他人を塔の中に入れるなと魔女に言われていたんだけど、その約束を破って、髪を垂らして王子様を招き入れたんだ」


 なるほど。恋愛漫画で言う所の、ヒーロー登場の件か。


「ラプンツェルは王子様と仲良くなったのだけど、魔女にバレるといけないから。魔女が戻って来る前にまた髪を垂らして、王子様を外に出したのだよ。だけどラプンツェルにすっかり惚れ込んだ王子様は、次の日も彼女に会いに来て。そうして二人の、秘密のお付き合いが始まったんだよ」

「逢引きって事ですね。何だかピュアな二人って感じがして、いいですね」

「ふふふ、そうだね。だけど、幸せな時間はいつか終わってしまう。ある時ナイショで王子様を塔の中に入れていた事が、魔女にバレてしまったんだ」

「え、どうしてバレちゃったんですか?」

「ラプンツェルの物とも、魔女の物とも似つかない王子様の髪の毛を、魔女が目ざとく見つけてしまって、それで知らない人間を中に入れていると感づかれるんだよ」


 台本は読んでいないけれど、「何よこの髪の毛⁉」なんて言っている魔女を、つい想像してしまう。お伽噺じゃなくて現代劇だけど、そんなシーンをドラマで見たことがあるなあ。


「髪の毛が証拠になるって、まるで浮気の証拠を押さえたみたいね。その手法、ずいぶん昔からあったんですね」

「いや、実はそのバレる件は、劇にするにあたって少々手が加わっていてね。原作ではもっと、別の理由なんだけど……」


 途端になんだか歯切れが悪くなってしまう大路さん。心無しか、ほんのり顔が赤くなっているような気もするけど、いったいどうしたんだろう?

 聖子ちゃんはそんな大路さんの様子を見て吹き出しているけど。


「と、とにかくそう言うわけで。秘密がバレたラプンツェルは怒った魔女によって、遠い土地に捨てられてしまうんだ。そして、そうとは知らずにラプンツェルに会いに来た王子様も、魔女の攻撃によって目をやられ、失明してしまう。だけど王子様はもう一度ラプンツェルに会おうと、彼女を探す旅に出るんだ」

「旅って……。でも、王子様の目は」

「そう、何も見えない。だけどそれでも、愛するラプンツェルの無事を確かめたい。ただそれだけのために旅をしていく。辛くても苦しくても、孤独でもね。それが私の演じる、王子様と言うわけだ」

  

 そう言って、凛々しい顔つきになる大路さん。たぶんだけど、役者としてのスイッチが入ったのだろう。

 その後王子様とラプンツェルがどうなったかも語ってくれたけど、ただ話しているだけなのに、その話し方には吸い込まれそうな迫力があって。

 まるで朗読劇でも見ているかのような気持ちになった。


 そして大路さんが全ての話を終えると、今度は聖子ちゃんが口を開く。


「これでどんな話か分かったね。どう、イメージは固まった? 満の衣装、作れそう?」

「うーん、どうだろう。確かに話は分かったけど……」


 大路さんの話し方が上手だったおかげで、ぼんやりとだけど王子様の姿はイメージできてきた。

 だけど、まだ弱い。初めてちゃんとストーリーを知った僕では、やはりラプンツェルの世界への馴染みが、まだ足りないのかもしれない。


「聖子ちゃんはピンとこないかもしれないけど、こう言うのって完成図をいかに想像できるかが大事なんだ。ラプンツェルの話を頭の中で強くイメージして、お話に出て来る王子様が着ている服はこれだってピンとこないと、上手く作るのは難しいと思う」

「なるほど、ショタくんが言いたいことは、何となく分かるよ。私が役を演じる時、そのキャラクターをイメージできていないと演じようがないのと同じかな」

「たぶんそうだと思います。あ、でも大丈夫です。これからラプンツェルの本を読んだり、DVDをレンタルして見たりして、イメージを膨らませていけばきっと……」


 何とかなる。そう思ったけど、何故か聖子ちゃんは眉間にシワを寄せながら、難しい顔をしている。


「本にDVDねえ。いいのかねえ、それで」

「どうした聖子。何か気になる事でもあるの?」

「ちょっとね。もう引退した、三年生の衣装担当の先輩がね。アタシ達がやる劇は、過去にあった物の焼き回しじゃない。だから衣装も他には無い、うちの演劇部のためだけの逸品を、用意するつもりで作っていかなきゃって言ってたの。それを考えると、翔太の言うやり方で本当にいいのかなって思ってねえ」

「それは……うーん。私達がやろうとしているラプンツェルには、多少のオリジナリティも加えているからねえ。確かに本のラプンツェルと私達のとでは、少しイメージが変わってくるかも」


 聖子ちゃんや大路さんの言いたい事は、僕もなんとなく分かった。

 例えば本を参考にして作った衣装だと、聖子ちゃん達がやろうとしているラプンツェルの王子様のイメージとは、どこか微妙に違うかもしれないと言う事だろう。

 本当に細かい拘りになるだろうけど、そう考えると、演劇部のラプンツェルを見ずには、イメージを固めるのは難しいんじゃないかって思えてくる。


「私達の練習風景を、ショタ君に見せてあげられれば手っ取り早いんだけどね。どうする? また昨日みたいに、皆を集めてみようか?」

「会議ならともかく、うちで本格的な劇の練習なんて、うちじゃあ無理よ。もっと広い頃に集まらないと。いや、まてよ……そうだ、この手があったよ」


 途端に目をキラキラと輝かせ始める。

 だけど……どうしてだろう? 大路さんは気づいていないみたいだけど、今の聖子ちゃんの目は、ナイスなアイディアを考えたと言うよりは、とんでもないイタズラを考えた時に見せるもののように思えて。


 聖子ちゃん、本当にいったい、何を考えたの?

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