第99話 帰ってきました

 目が覚めたら、そこは宝石みたいな木がきらきら輝く場所だった。

 どうやら【透写の森】に戻ってきたらしい。


「かえってきた」


 ぱちりと目を開け、むくりと起きる。

 すると、だれかにぎゅうぎゅうと抱きつかれた。


「レニちゃ~! よかったノ! よかったノ!!」

「かりがのちゃん」


 心配してくれていたようで、抱きつく力がちょっと強い。

 落ち着いてもらうよう、とんとんと背を叩く。すると、「ふえぇ~」と安心したような声を出し、すこしだけ力が抜けた。


「れに、どうなってた?」

「レニちゃ、【影法師ドッペルゲンガー】を見て、倒れちゃったノ。そうしたらレニちゃの胸から黒い渦と光がたくさんあふれたノ」


 カリガノちゃんの言葉に、うんと頷く。

 聞いている限り、なんだかすごいことが起こったのは間違いない。

 私は【影法師】が日本にいたころの私の姿をしていて、動揺した。きっと、いやな記憶も一緒に思い出したのだと思う。


「れに、まりょくぼうそう、なっちゃったね……」


 そうならないようにって修行をして、秘宝を集めていたのに……。

 自分の失敗にしょんぼりと肩を落とす。

 すると、よく知っている声がした。


『……ごめんなさい』


 はっとしてそちらを向く。

 そこにいたのは――


『ごめんなさい。私、そんなに驚くなんて思わなくて……、ごめんなさい』


 黒い髪に黒い目。上下スウェットの「日本での私の姿」がこちらを心配そうに覗いていた。おどおどと黒い目が揺れる。

 日本での私の姿を鏡に映せば、まさにこんな風だろう。

 これは【影法師】だ。私の姿を真似ているだけで、本物の私ではない。でも、表情も口調も小さな声も。全部、日本での私みたいで。

 そんな姿を見ていると、すっと言葉が出た。


「だいじょうぶ」


 そんなに怖がらなくても、きっと大丈夫なのだ。

 失敗する自分、嫌われる自分、いらいらさせる自分、迷惑がられる自分。そんな自分が悲しくて、そうじゃない私になりたかった。


「れに、しっぱいした。しっぱいしないようにっておもっても、しっぱいする」


 ……この世界に転生して。レベルカンストして、アイテムを持ち越して。父と母にたくさんの愛を与えてもらって、サミューちゃんにいっぱいの優しさを分けてもらった。

 旅で出会った人もみんな、たくさんのものを私に見せてくれて。

 でも、私は失敗をする。

 なんと、今回は世界を滅亡させるところだった。


「れに、かんぺきじゃない」


 日本での私の姿をした【影法師】。

 私は立ち上がるとそっと近づいていった。


「……みんな、かんぺきじゃない」


 【影法師】の前に立ち、見上げる。

 高校一年生の私は、今の私より背が高い。私はその腰のあたりをぎゅうと抱きしめた。


「――だいじょうぶ」


 そのままの私で。できるだけの私で。

 私自身が、私を許せたら……きっと、それだけで。


『ん。いい答えだね』


 その声はもう、日本での私の声じゃなかった。

 ゆらりと私の姿がブレて、そのまま透明の歪みへと変わっていく。抱きしめていたはずの体はなくなり、気づけば、私の前にはなにもなくて……。


「きえちゃった」


 抱きしめていた手を元に戻し、あたりを見回す。

 もうどこにも透明の歪みはない。その代わりに地面になにかが置かれていた。


「てかがみ?」

「きっと、それが【影法師】の秘宝なノ! レニちゃは戦わずして、手に入れたノ……! すごいノ!」


 カリガノちゃんがわぁ! と歓声を上げる。

 そして――


「レニ様っ!」

「おい、待て、待てと言うに……! まったく!」


 空から二つの声が降ってくる。

 二つの人影。そのうち、一つがこちらに向かって落ちてくる。

 どうやら空中を羽ばたいていたムートちゃんから、サミューちゃんが飛び降りたようだ。

 サミューちゃんは【魔力操作】をしたようで、そのまま地面にシュタッと着地した。そして、私の姿を見つけ、ほっと安心したように息を吐く。

 金色の髪が風に揺れ、碧色の目が私を優しく見つめている。

 目が合うと、私は気づいたら、走り出していて……。


「さみゅーちゃん!」


 そして、そのまま地面を蹴る。えいっと跳び上がれば、サミューちゃんの胸の中だ。


「れ、レニ様っ?」


 サミューちゃんの焦ったような声。そんなときだもサミューちゃんは私をしっかりと抱きとめてくれた。

 一度、その存在を確かめるように、強く抱きつく。

 そして、今度は力を抜いて、じっとそのきれいな碧色の目を見つめた。

 サミューちゃんは状況把握が追い付いていないようで、驚いた表情のまま頬だけが赤くなっている。

 私は伸びあがって、その頬にちゅっと口づけをした。


「ひにゃっ!?」


 瞬間、サミューちゃんから鳴き声みたいな音が漏れたけど、気にせず、目を見つめる。

 この気持ちを、伝えたいから。


「さみゅーちゃん、だいすき」


 ちゃんと伝わってる? 私の気持ち。

 ちゃんと届いてるかな?


「さみゅーちゃん、だいすき」


 一回じゃ伝わらなかったかもしれないから、もう一度伝える。

 今度は鳴き声みたいな音は漏れてこないし、きっと伝わっているはず。……はず。あれ?


「……さみゅーちゃん?」

「立ったまま気を失っているノ!! しかも口がにやけてるノ……! 怖いノ!!」

「さすが幼いエルフじゃの。息の根を止めようとしたんじゃな」

「……してない」


 サミューちゃんは立ったまま、白目の幸せそうな顔で失神していた。

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