第90話 幼いエルフは天災
――世界の異変。
それは【
この世界は自分の身に造ったものだから。
太古の昔、あまりに大きく強い【
そのとき、神に声を掛けられたのだ。「その身に世界を造らないか?」と。
すでに膨大な時間を生きた【黒竜】は、「それもまた一興」と、神の言葉に頷いた。
――自分の身を礎とし、七つの【神の宝玉】により、安定を図る。
【黒竜】は【世界礎の黒竜】となり、長い眠りについた。
世界には幾度も事件が起き、動植物たちもさまざまに変化していく。だが、なにが起ころうとも、変わらず営みは続いていった。
悠久の流れに身を委ね、時折、意識の分身を出し、世界の変化を見て回った。
一人の人間、一つの国、一つの種族、一つの地域。それらが滅亡へ向かうことはあったが、世界の存続に影響はない。
礎として、世界を守る。その目的を阻むようなものはなかった。ただ、見守るのみ。そして、またゆっくりと眠ればいい。
だから、最初に異変を感じたとき、またいつものように見守るだけのつもりだった。
わかったのは、世界の異変の中心にいる『【神の宝玉】を持つ幼いエルフ』であるレニの存在だ。
どうやら【神の宝玉】がレニと強く結びついてしまっているようだった。
長い歴史の中で、【神の宝玉】が使われたことは多々ある。だが、七つの【神の宝玉】はバランスを崩すことなく、世界を安定させていた。
今回だけが特別だとは思えない。だが、世界の異変、小さな傷のようなものは次第に大きくなっていく。
さすがに見過ごせなくなり、意識の分身を出し、レニへ接触を図った。
信念とは反れるが、世界の安定のため、火種を潰すのもやぶさかではない。
――殺すのもやもなし。
そう思い、レニと相対した。
結果。【神の宝玉】とレニは想定より、もっと強く結びついており、切り離すのは困難。それどころか、レニとともにこの世界から消えようとしていた。
そこで、まずは器として不安定すぎるレニの調整が必要だと考えたのだ。
幸いなことにエルフは寿命が長く、魔力値も高いため、器として申し分ない。
レニが寿命を迎えるまでに、【神の宝玉】が世界に留まるように策を練る予定だった。だが……。
「世界が歪むとはどういうことですか? ……レニ様は今、【魔力暴走】を起こしていません。お体もここにしっかりとあります」
サミューはそう言うと、レニの手をそっと握った。
それに応えるように、レニは自身の胸のあたりから手を放し、サミューと手を合わせる。
サミューの言う通り。エルフの森で消えかかっていたときとは違う。レニは【魔力暴走】を起こしていないし、体が消えかかってもいない。
「しかしのぅ……間違いなく、世界が歪んだのじゃ。歪んだ……と言うべきか、ブレたというべきか……。それも幼いエルフを中心として、な」
【世界礎の黒竜】は空中で胡坐を組み、パタパタと翼を動かす。
たしかに異変は起こった。だが、それはあっという間に消え、今ではいつも通りの世界に戻っている。
「幼いエルフが器として成熟すればあるいは……と思っていたのだが、もっと緊急を要するものかもしれん」
「つまり、どういうことなのですか?」
「わからん。わからんからこそ、このままではよくない」
【世界礎の黒竜】そう言うと、レニをじっと見た。
「この世界が好きじゃな?」
「うん。れに、このせかい、すき」
金色の瞳はまっすぐで、そこに嘘はない。
自分の身を世界の礎とした【世界礎の黒竜】にとって、この言葉は胸をくすぐるもの。レニの目がワクワクと輝く瞬間が、【世界礎の黒竜】は好きだった。
「余は眠るぞ」
「は?」
突然の宣言に、サミューが眉を顰めて声を出す。
【世界礎の黒竜】は「うむ」と頷いた。
「余の残り二つの秘宝について、場所は教える。じゃが手助けはできん」
「はぁ。これまでも案内はあれど、助けてもらったことなどありませんが」
「いや、それはそうじゃが……っ、こう、……っもう見守ることもできんぞ、となっ」
「見守ったからなんだというのですか」
「うぐぅ」
サミューの辛辣な言葉に【世界礎の黒竜】は唸る。
たしかにその通り。だれかに肩入れをせず世界を見守ると決めている【世界礎の黒竜】はこれまでなにかをしたわけではない。
エルフの森を燃やしたが、あれはレニやサミューにとっては敵対行為であり、むしろいないほうがマシだった。
「むーとちゃん、れにがきえかけたとき、『しゅうちゅうしろ』っていってくれた」
そんな【世界礎の黒竜】を見上げ、レニは「ありがとう」と呟いた。
「れに、あれで、きえなかったよ」
「そうじゃろう、そうじゃろう!」
レニの言葉に【世界礎の黒竜】はヒヒヒッと笑う。
そして、眉尻を下げた。
「次にもし同じことが起こっても余は語りかけられぬから、そこはエルフと幼いエルフで乗り越えるのじゃぞ」
「うん。れに、れんしゅうした。だいじょうぶ」
「そうです! レニ様は【魔力操作】を練習し、今では特別な魔法も自由自在です! 【
「うん」
レニとサミューが笑い合う。
二人の笑顔と信頼関係を見ていれば、よほどのことがない限りは大丈夫だろう。【世界礎の黒竜】もそれは感じる。だが……。
「ああ……逆に『もしも』があれば、それは『滅多なこと』が起こったとき、ということじゃ」
【世界礎の黒竜】は「とにかく!」と声を上げた。
「幼いエルフと【宝玉】は余が想定したことよりももっと大事になっている。今はまだそれがなにかはわからん。じゃが、それが起こったとき、世界に必ず天変地異が起こる。防げれば一番!」
この予感が杞憂で終わればいい。
【世界礎の黒竜】はレニを笑って見下ろした。
「幼いエルフはこの世界が好きじゃからな。なくなっては悲しむじゃろう」
「うん」
レニが【世界礎の黒竜】を見上げて笑う。
それだけで【世界礎の黒竜】は胸がぽわぽわと温かくなるのを感じた。
だれにも肩入れしない。見守るのみ。それが【世界礎の黒竜】だ。
そんな【世界礎の黒竜】の心にあるのは――
「幼いエルフには、きらきらした瞳で、余を見上げる使命がある!」
――レニの輝く金色の瞳。
翳らなければいい、と。世界の異変の中心にいる幼いエルフ。「たのしい!」と笑うその旅がずっと続けばいい、と……。
「これを渡しておく。まあお守りみたいなものじゃ。余は眠るが、本当に困ったときはこれに語りかけよ」
【世界礎の黒竜】はそう言うと、レニのてのひらの大きさほどの輝くものを渡した。
「これは?」
「うむ。余の逆鱗じゃ」
「げきりん? むーとちゃんの?」
サミューから手を離し、逆鱗を受け取ったレニがぱちぱちと目を瞬く。
そして、困ったように首を傾げた。
「れに、さわったら、おこらない?」
「なぜじゃ?」
「りゅうのげきりん、さわったらおこるって……」
「それは余に生えていればじゃな。ここに逆鱗があるのじゃから、余には今、生えておらん。そして、逆鱗を持つのはおぬしじゃ。つまり、おぬしになにかあれば、余の逆鱗に触れるということじゃな!」
【世界礎の黒竜】は満足げに胸を張り、ハッハッハッ! と笑う。
サミューはそれを嫌な目で見たあと、レニにそっと囁いた。
「捨てましょう、レニ様。ポイです」
「余の逆鱗じゃぞ!? 貴重で力も強く、必ず幼いエルフを守るものじゃぞ!」
「その身から出た鱗をレニ様に渡すなど……。レニ様、汚いですよ。捨てましょう」
しかし、レニはサミューの囁きもムートの叫びも聞いていないようで、目の前の逆鱗をじっと見つめている。
「ふわぁああ!」と声を上げ、目をきらきらと輝かせた。
「くろくてきれい」
レニのてのひらサイズの鱗はとても硬く、光の加減で虹色に光を放つ。鱗というよりは、大きな宝石を削り、きれいに整えたようだった。
レニはその美しさにうっとりと目をとろけさせる。
「れに、このあいてむ、はじめて」
うれしそうなレニにサミューもなにも言えなくなる。
「しかたがありません」と呟くと、眉を顰めて、【世界礎の黒竜】を見上げた。
「で、眠る前に行き先を言うんでしたね。あと二つはどことどこですか?」
「うむ、あとは【変転の砂漠】と【透写の森】じゃ」
「わかりました。では眠ってください」
「待て待て待て。もうちょっと聞け。それぞれ場所はわかるじゃろうが、【変転の砂漠】は行く度に地形が変わる。【
その言葉にサミューは「はぁ」とため息を吐く。
「つまり、案内が必要な場所なのですね。そして、ドラゴンは眠るため案内ができない、と」
「……う、む」
サミューはさらに「ふんっ!」と鼻を鳴らした。
目は冷え冷えとしており、その表情は「役立たずが」と書いてあるようだ。
すると、そこに元気な声が響く。
「カリガノは【変転の砂漠】を案内できるノ!」
今まで、空気を読んで黙っていたウサギ獣人・カリガノが「はいはいはーい!」と手を上げた。
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