第89話 不意に記憶が蘇ります
私はソファに座り、サミューちゃんは土下座するウサギ獣人の女の子の隣に立って、事情聴取を行っていく。
獣人の女の子からはすでに敵意はない。ので、縄はほどいた状態だ。
なぜここに来たのか、なにをしていたのか。獣人の女の子の話をまとめると……。
「つまりあなたは、獣人の村を出て、いろいろな場所を巡りながら『人助け』をしているのですね」
「そうなノ! 獣人のイメージアップ作戦なノ!」
ということらしい。
「で、あろうことか、湖を枯らし、法外な値段で水を売っていた者たちを手伝っていた、と」
「……うぅ。本当に本当にごめんなさいなノ! わからなかったノ……! 困っている村のために水源を探しているって言われて、耳がいいから任せてって水源の位置を教えてしまったノ……」
ピンク色のうさぎ耳がしょんぼりと垂れる。
あの男たちが湖の上流の水源を掘り当てられたのは、どうやらウサギ獣人の聴力のおかげだったらしい。
「【
「それで湖が枯れ、【水蛇】は気力を失くし、村は廃村の危機になった、と。あなたがやったことは獣人のイメージダウンにしか繋がりません」
「うぅ……」
ピンク色のまんまるの目がうるうると揺れる。
良かれと思って行動したことだったのだろう。
「まあ通りで、と言ったところじゃな。なんの知識も技術もなさそうな人間たちが、水源を寸分の狂いなく掘り当てることも、手作業であれだけの貯水池を作ることも不可能じゃろう」
窓枠に座っているムートちゃんがやれやれと肩を竦める。
たしかにムートちゃんは始めから訝しんでいた。人間ができることか? と。
「水資源を奪い、村から金を巻き上げるなど人間の考えることとしか思えんが、普通の人間にできることではないからのぅ。【水蛇】もまさか水源が枯れるなど思わず、森に入った人間を放っていたのじゃろう。獣人がいたのは誤算じゃな」
ムートちゃんの言葉にふんふんと頷く。
【水蛇】もあの湖を住処にしているのだから、常に守っているはず。だから、麓の村にはいつだって水が豊富にあった。
今回、上流に貯水池を作られてしまったのは、普通の人間であれば放置していても問題ないからだ。
その話を受けて、サミューちゃんは「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「すべて自身の責任。ナイフを向けるのはレニ様へではなく、自分自身では?」
「その通りなノ。本当に本当にごめんなさいなノ……」
「あなたの考えの足りない行動により、困窮した人間たちがいました。が、結果としてレニ様がすべて救っています。では今、あなたがするべきことは?」
「ありがとうございますなノ。ありがとうございますなノ」
獣人の女の子が土下座のまま、ははぁ~と私に向かって何度も頭を下げる。
サミューちゃんはそれを冷たい目で見下ろしていた。
さすがにそこまでされると、私の背中がそわそわしてしまう。
「もういいよ」と、そばにいって止めたい。が、もしものことがあるといけないから、とサミューちゃんに近づかないように言われている。
なので、せめて話題を変えようと、声をかけた。
「なまえ、なんていうの?」
私の言葉に、ウサギの耳がぴょこん! と立った。
「私の名前はカリガノなノ」
「かりがのちゃん」
ふんふんと頷き、名前を呼ぶ。
ピンク色のかわいいウサギの獣人、カリガノちゃん。今はきれいな土下座をしている。
そして、私も名乗り返した。
「れにだよ」
「レニちゃ!」
カリガノちゃんは顔を起こし、えへへっと笑う。
瞬間、サミューちゃんがすかさず、カリガノちゃんの額を床へつけた。
「頭が高いです」
「ごめんなさいなノ!」
サミューちゃん……。
「カリガノはあまり賢くないノ……。レニちゃやみんなに迷惑をかけてしまって本当にごめんなさいなノ。そんなカリガノの失敗をレニちゃがなんとかしてくれて本当によかったノ。本当にありがとうなノ」
深々~と手と額を床へとつける。
その様子に、私はまた背中がそわそわとして……。
「かりがのちゃん、むらのためっておもったんだよね」
「騙された……のかもしれないノ。でも深く考えなかったカリガノが良くなかったノ」
「……ひとだすけしたいって、がんばろうっておもった。それがしっぱいっていうの、かなしい」
……私もいつも失敗ばかり。
思い立ったらすぐに動いてしまうし、どちらかというとカリガノちゃんに近いタイプだと思うのだ。だから――
「れに、かりがのちゃんが、かなしくなかったら、それでいい」
「ふぇ?」
カリガノちゃんは私の言葉に耳をぴくぴくとさせた。
そして、思わずというように顔を上げ、私を見つめる。
「みずうみ、もとどおり。むら、もとどおり。れに、げんき」
私はふふっと笑った。
「なにも、もんだいない」
ね。
「れ、レニちゃ……っ!」
途端に、カリガノちゃんの頬がふわぁっと赤くなった。
そして、その場でぶるるっと身震いを一つ。
「レニちゃはすっごくすっごく優しいノ……! 決めたノ! レニちゃには獣人イメージアップ部の部長になってほしいノ!」
「じゅうじんいめーじあっぷぶ……?」
よくわからない響きにそのまま首を横へ傾げる。
カリガノちゃんは「うんうん!」と頷くと、その場でぴょんぴょんとジャンプした。
「カリガノの作った部なの! カリガノしかいないけど、これからはレニちゃと二人でやるノ!」
「あ、え? でも、れに、じゅうじんじゃないよ?」
そう。それはカリガノちゃんも見たはずだ。
今は【猫の手グローブ】をしているが、外せば耳が丸いエルフ。魔力暴走をすれば耳のとがったエルフだ。
「レニちゃはそのアイテムを装備してたら今みたいな姿なノ?」
「うん」
「それならいいノ! そのアイテムつけてるときは獣人としか見えないノ! レニちゃなら絶対に獣人のイメージアップをしてくれるノ! 一緒に部の活動するノ!」
カリガノちゃんはぱぁぁ! と笑って、とってもいい案を思いついたと喜んでいる。
でも、私は……。
「……れに、きっと、あまりとくいじゃない」
中学校も高校も部活なんてしたことがない。
集団活動ではすぐに浮くし、周りの人をイライラさせる。どうしていいかわからなくなって、なにも話せなくなるのが常だった。
『部の活動』と聞いて、転生前の自分を思い出し、胸のあたりがキリッと痛くなる。
胸のあたりの服をぎゅうと握って、浅く息を吐く。すると、いつのまにかサミューちゃんが私の前にいて……。
「レニ様、どうされましたか? 痛みが?」
ぎゅうっと握り締めた手。そこにそっと温かいものが触れる。これは……サミューちゃんの手だ。
「さみゅーちゃん……」
「レニ様、胸に不調がありますか?」
「……ううん、なんともない」
サミューちゃんの手の温かさが私の手に移り、そのまま胸まで温かくなる。
知らず知らずのうちに、息を詰めていたようで、ほっと息を吐く。そうすれば、胸の痛みはなくなっていった。
「こちらを見よ」
「……むーとちゃん?」
やけに真剣な声がして顔を上げれば、ムートちゃんが私を覗き込んでいた。
「幼いエルフよ、今はどうじゃ? どこかおかしいか?」
「ううん、いつもどおり」
「そうか」
ムートちゃんは難しそうに眉を顰める。
「今、魔力を使った感覚があったか?」
「ううん、れに、むねのあついの、つかってない」
ムートちゃんの質問にはて、と首を傾げる。
魔力を使った感覚はすこしもなかった。ちょっと前世の嫌な記憶を思い出して、胸が痛くなっただけなのだ。
……そういえば最近、前世のことを思い出すタイミングが多くなった気がする。しかも嫌な記憶を。
一度、【魔力暴走】を起こしたときに飲み込まれた、あの黒い渦。あれがきっかけだったのだろうか。
私の答えに、ムートちゃんは一度、目を伏せた。
「……だとすれば、これは一体どういうことじゃ」
そして、考え込むように息を吐いた。
「今、世界が歪んだぞ」
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