第82話 商売の基本です

 姿を消した状態で、男たちを探っていく。

 貯水池の近くには小屋があり、どうやら男たちはここに住み、貯水池を見回っているらしい。

 割と羽振りはよさそうだ。高そうなお酒がたくさんあるし、賭け事でもしたのか、メモ代わりに使われたと思われる紙には、レート設定高めの値段が書かれていた。

 さらに探っていくと、高い酒が並んでいる棚の一角に書類などが収められているのを見つけた。それを手に取り、中身を見ていく。

 内容を確認してみると――


「みず、うってる」


 ――それは、男たちが行っている商売の帳簿だった。

 どうやら男たちは、貯水池の水を麓の村へと売っているらしい。

 村は【涼雨の湖】から流れるきれいな水を使って、作物を栽培して生計を立てていたようだ。だから、水が無くなるのは死活問題。

 そして、男たちはそれをわかった上で、【涼雨の湖】を枯らし、出来の良くない貯水池を作ったのだ。

 水を集めて売るという商売が悪だとは思わない。

 けれど、これは……。

 むーんと考え込む。

 書類の中から、一枚の紙を見つけた。革の書類綴じに挟まれ、ほかとは様子が違う。それを手に取ると、小屋の外から、懇願するような声が届いた。


「お願いしますじゃ。ここにお金は用意しました」

「最初にこの土地を売った額の倍ある。これでここを買い戻す」

「これならいいだろう!?」


 ただならぬ様子に、声の主たちを探すために外へ出る。

 そこにいたのは、老人と中年男性が二人。

 貯水池にいた男たちに向かって、革袋を差し出していた。ずっしりと重そうだ。


「まあ、金はもらってやる」


 男の一人が老人の持っていた革袋をひったくるように奪う。

 老人は勢いでよろめき、両脇にいた中年男性が慌てて支えた。


「これは今週の水代だな」

「なっ!?」

「違う! 俺たちはここを買い戻す金として持ってきたんだ!! 水代がそんな高いわけないだろ!」

「ああん? 売値は俺たちが決めるんだよ。高いって思うなら、水を買わなきゃいいだろ」

「くっ……そんなこと無理だってわかってるだろ! この辺りにほかに水場はない。ここの水で俺たちの村は暮らしてたんだ……っ!」

「お前たちは水がいる。水は俺たちが持っている。水が欲しいなら金を払う。そして、売値は売るほうの俺たちが決める。当たり前だろう? バカが」

「俺たちはここを売る気はねぇ。この土地は俺たちが正式にお前らの村から買い取った。権利書もちゃんとある」


 私は手に持っている革の書類綴じを見た。きっとこれが土地の権利書だろう。

 男たちはハハハッと下卑た笑みを浮かべる。


「俺たちは法律に乗っ取って商売をしているだけだ。お前たちから土地を買った。お前たちだって『こんな田舎の山を買ってもらえるなんてありがたい』って言ってたじゃないか」

「それは……。じゃが、このままでは、村で作物を育てることはできませんですじゃ。水が高すぎます。そもそも水に値段はかかっていないはず……それをこんなに高額で売るなんて……」

「はぁ? 安く仕入れたものを高く売る。当たり前だ。需要と供給だろう? 水代が高いなら、作物に水代を上乗せして売れ」

「そんな高すぎる作物、だれが買うってんだよ!」

「それを考えるのは俺たちじゃなく、お前らの仕事だ。とにかくこの土地は売らねぇ。水なら売ってやる」

「このままじゃ……村は消えるしかないぞ……」

「俺たちはお前らがどうなろうと知ったこっちゃねぇんだよ!」


 老人は肩を震わせ、中年男性は悔しそうに顔を歪めている。

 男たちはそれを見て、ニヤニヤと笑ったあと、村へと追い返して行った。

 よし。わかった。

 心を決めた私は、森へと隠れているサミューちゃんへと【精神感応テレパシー】を飛ばす。


『さみゅーちゃん』

『はい! レニ様!』

『――おとこたち、たおす』

『承知しました!』


 私の憧れの『涼雨の湖』を枯らしてまでやっていたことは、水の転売。しかも村を滅ぼすようなものだ。

 長い目で見れば、村が滅びることは男たちにとっていいことではないはず。だが、男たちは村が滅びようと、目先の金を手にすればそれでいいのだろう。

 村が滅びれば、別の土地へ行く。そうやって目先の金のために、場を荒らし、その場を衰退させて、また次の場へ。

 ……胸がムカムカする。

 私は男たちの前に立つと、フードを外した。


「あのね」

「「「あ!? なんだっ!?」」」


 男たちは突然現れた(ようにあっちからは見える)の私に驚き、うわっと身構える。

 私は気にせず、手に持った革の書類綴じを見せた。


「これ、おじいちゃんたちに、わたすね」

「は……はぁ!? それは、俺たちの土地の権利書じゃないか!」

「いま、おかねもらったの、みた。れに、しょうばいのしょうにんになる」

「なに言ってんだ、このガキ! 返せ!!」


 私の手にある土地の権利書を見て、男たちは頭に血が上ったらしい。

 男の一人が私に飛び掛かってくる。

 私はトンッと地面を蹴り、男の突進を横に躱した。


「ぐぅっ!? は……? なんだ、こいつ……?」


 私を捕まえるつもりだった男は地面にズシャッと滑り込む形になった。

 地面と私を交互に見て、唖然としている。


「おしえてあげる」


 私はそれを見下ろし、淡々と告げた。


「おかねもらったら、しょうひんをわたす」


 ね。商品を渡さず、お金だけもらうのは詐欺です。


「うるせぇ! このガキ!」

「なんかこいつ、変だぞ! 全員でかかれ!!」

「「「おう!」」」


 男たちは全部で四人。最初に見つけた人数は全員いるようだ。

 それぞれが私を警戒しながらも、じりじりと向かってくる。


『さみゅーちゃん、さみゅーちゃん』

『はい、レニ様!』

『おかね、とれる?』

『お任せを!』


 サミューちゃんに【精神感応】を飛ばすと、即座に返事がくる。

 そして、瞬間、近くの木の上から、一筋の光が伸びた。

 光はまっすぐに、男の一人が手に持っていた革袋へと向かっていく。


「ひっ!?」


 男が情けない悲鳴を上げると、革袋は手から離れ、そのまま斜め下の地面へと落ちる。しっかりと突き刺さった矢とともに。

 さすがサミューちゃん! 正確!!


――あとは、吹き飛ばすだけ!


「ねこのつめ!」


 みんなまとめて。


「おほしさまになぁれ!」


 ――キラン。


「よし」

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