第80話 【水蛇《ナーガ》】を発見です!

「きれいな……みなも……」


 とても楽しみにしていた【涼雨の湖】。まさか水が枯れているなんて。

 想像と違う過ぎる姿にがっくりと肩を落とす。


「レニ様、あちらを見てください!」

「ん?」


 水のなくなった湖に近づき、大きく空いた窪みを覗き込んだサミューちゃんが私を呼ぶ。

 サミューちゃんの指差した先を見てみると――


「あ、なにかいる」

「あー……うむ。あー……おるな」


 ムートちゃんがもごもごと呟いた。

 深い窪みの底のわずかに残った水。そこに無理やりに巨体を浸している水色の蛇がいる。

 水がすこししかないため、蛇の大きな体の腹側しか水に浸っていない。とぐろを巻いた姿だが、頭はくたりと体の上に置かれていた。

 ……あきらかに弱っている。

 これがムートちゃんの言っていた『秘宝を守る【水蛇ナーガ】』だと思うのだが……。


「なーが、つよい?」


 あまりにもな姿に、思わずムートちゃんに声をかける。

 ムートちゃん曰く、【水蛇ナーガ】はとても強いらしいが、正直、今は生気がないせいか、全然そんな風には見えない。

 ムートちゃんは私の言葉に天を仰いだ。


「【水蛇ナーガ】はな、水を操る蛇なんじゃ」

「うん」

「水を刃のようにして飛ばしたり、水の膜でシールドを作ったりな、それはそれは戦いにくい魔物なんじゃ」

「うん」

「……つまり」

「うん」

「水がなければ――ただのでかいなにかじゃな」

「でかいなにか……」


 ムートちゃんはそう言うと、【水蛇ナーガ】をそっと指差した。


「一思いにヤるがいい。そして、秘宝を手に入れるのじゃ」

「いいの?」


 ムートちゃんは、強い【水蛇ナーガ】と私が戦い、秘宝を手に入れるのを期待していると思ったのだが。

 あっさりと今の【水蛇ナーガ】を倒していいと言われ、はて、と首を傾げる。

 すると、ムートちゃんは「うむ」と頷いた。


「余であればこの湖を元に戻すのも可能じゃ。だが、これもまた巡り合わせ。幼いエルフが引き寄せた運じゃろう」

「そっか」


 ムートちゃんは世界の礎となったドラゴンだ。そういう面では達観しているのだろう。でも、私は――


「じゃんぷ」


 【羽兎のブーツ】で、ぴょんっと地面を蹴った。

 行く先は湖底。水の枯れた底に向かってふわふわと降りて行く。


「なーが」

『……』


 【水蛇ナーガ】との距離はたった一歩。

 いかに弱っているといっても、今、【水蛇ナーガ】が暴れれば、私も困るだろう。

 【水蛇ナーガ】は私の存在を感知したようで、顔を伸ばした。

 だが、こちらに牙を剥く様子もなく、そのまま湖底に頭を置く。そして、片目をすこしだけ開けると、すぐにまたそれを閉じた。

 『好きにしろ』と。

 そういうことだろう。


「みず、かれたの?」

『……』

「だれがやったの?」

『ニンゲン』

「わかった」


 私は猫の手をぽすっと【水蛇ナーガ】の鼻の上に置いた。


「いま、ひほう、いらない」


 ムートちゃんは倒して、秘宝を手に入れろと言った。

 なんでもいい、技を一つ放つだけで、【水蛇ナーガ】に勝ち、一つ目の秘宝を手に入れることができる。圧倒的勝利。

 でも――


「……もっと、たのしいのがいい」


 ね! 圧倒的勝利もいいが、ゲームの面白さはそれだけじゃない!

 強敵に対して、レベルを上げたり、アイテムを駆使したり、パーティメンバーを変更したり、スキルの交換をしたり。それでもダメなら、たまには攻略動画を見たり。そうやって知略と技術、やり込み要素で勝つ! 私はそういうのも好きだった。

 だから――


「みず、もどす」


 ――涼雨の湖を元通りの姿に!

 そして、本来の強さを持った【水蛇ナーガ】と戦って勝つ。きっとこれが一番楽しい。

 【水蛇ナーガ】は私の言葉にぱちりと両目を開けた。私はそれにしっかりと頷く。

 そして、【水蛇ナーガ】から手を離し、ぴょんっと地面を蹴った。


「さみゅーちゃん、みず、もどしたい」

「はい! レニ様!」

 

 湖底から上がり、サミューちゃんの元まで戻る。

 私の宣言に、サミューちゃんは笑顔で頷いてくれた。

 すると、ムートちゃんは肩を震わせていて……。


「ふはははは! おもしろい! いいぞ、幼いエルフ! 愉快だ!」


 牙を見せながら、高らかに笑った。


「余が手助けをすれば摂理を乱すかと思うたが、もはやそれも良し! 強い【水蛇ナーガ】と戦いたいというその希望、しかと聞き届けた」


 ムートちゃんは紫色の目をにんまりと細める。


「ここは雨が多い場所でな。森に降った雨が地下水となり、ここで湧き出す。それが溜まったのがこの湖じゃ。つまり、この湖が枯れたということは、水源である地下水に異変があったということじゃろう」


 そして、ビシッと森の奥を指差した。


「水の匂いはあそこで途切れておる。行ってみるか?」

「むーとちゃん、じょうほう、ありがとう」


 サミューちゃんに調べてもらうつもりだったが、ムートちゃんのおかげで手間が省けた。お礼を言うと、ムートちゃんはふふんと胸を張る。


「これぐらい、どうということはない! それより幼いエルフよ。ここで【水蛇ナーガ】を倒すより、よほど事情が込み入って、めんどくさいことになるぞ?」


 そして、ムートちゃんの紫色の目が私を試すように怪しく光った。

 だから、私は「うん」と頷く。


「れに、いく」


 最高にきれいな【涼雨の湖】で、強い【水蛇ナーガ】と戦うために!


「さみゅーちゃん、いこう!」

「はい!」

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