第61話 私は私です
本日四回目。しっかりと集中すれば、サミューちゃんへと向かっていたリビングメイル五体を包み込んだ。
ガシャンガシャンと金属の鎧が石のタイルでできた床へと当たり、音が響く。
その隙をついて、サミューちゃんはドアから外へと出ていった。
きっと、子どもたちを助けてくれるだろう。
「はぁっ!」
ピオちゃんがお腹に穴の開いたリビングメイルを床へと縫い留めている。
動けなくなったリビングメイルをあとにし、ピオちゃんがまたガイラルへと斬りかかる。けれど、新しくやってきたリビングメイルに阻まれてしまった。
「くっ……」
「ぴおちゃん、こっち」
「わかった!」
光にしたリビングメイルは12体。しかし、ガイラルの背後にはまだ大量のリビングメイルがいる気配がした。
このすすべてを光に還す力は……今の私にはない。
キャリエスちゃんの涙を見て、沸き上がった胸の熱さはほぼ感じられないし、あと一回できるかどうかというところだろう。
「ぴおちゃん。きゃりえすちゃん、おねがい」
こちらへとやってきたピオちゃんにキャリエスちゃんを託す。
「殿下、この度は申し訳ありません」
「ピオ……生きていてくれてよかった」
「殿下と、レニ君に助けられました」
二人が素早く再会の挨拶をし、お互いの無事を確認する。
言葉は少ないが、二人がしっかりと通じ合っているのがわかった。
すると、パチパチと場違いな拍手の音が響く。
「素晴らしい主従の絆ですね」
拍手をしたのはガイラル伯爵。
穏やかな顔と落ち着いた声でそう言った。
「しかし私が興味があるのは、そちらの獣人の子どもです。まさかあなたが力の持ち主だったとは……」
ガイラル伯爵の灰色の目が私を見る。
私はその目を見返して――
「なるほど」
と、一人、頷いた。
初めて目が合った気がする。そして、その瞬間、胸がムカッとした。
たぶん、今のガイラル伯爵と私が出会っていれば、【察知の鈴】が鳴っただろう。
お茶会のときのガイラル伯爵は本当に私に興味がなかったのだ。
「どらごんについて、なにかしってる?」
「ドラゴンというと、王女殿下を襲ったアースドラゴンのことですね。ドラゴンは地下におり宝玉を守っていたはずですが、私が宝玉を求めたとき、すでに宝玉は持っていませんでした」
「おそわせたの?」
「いいえ。私はただ宝玉を持つ子どもがおり、それが我が国の第三王女キャリエス殿下かもしれない、とドラゴンの前で話しただけです。ドラゴンは魔物にしては知能が高い。王女殿下を襲うことを考え付いたとしても不思議はないですね」
ガイラル伯爵が他人事のように話す。
ドラゴンの宝玉は父とサミューちゃんが母のために手に入れたものだ。
ドラゴンはガイラル伯爵の話を聞き、宝玉を取り戻すために、地上へ出てきたのだろう。
ガイラル伯爵はドラゴンを操ってはいない。けれど、ドラゴンをキャリエスちゃんへけしかけたのは間違いないようだ。
「神の子は試練により力が強くなると言われています。もし、王女殿下が神の子であるのならば、ドラゴンとの出会いが必ずきっかけになると思いました。ですので、王女殿下がドラゴンに襲われ、さらに生き延びたと聞き、胸が弾みました」
穏やかな顔で話していく。
「実際に詳しく話を聞き、私は感動しました。女神の子孫であるエルフが守り仕える子ども。これはまさに予言された神の子であろう、と」
神の子を探していたガイラル。
ドラゴンを倒せる子どもがいると聞き、とても喜んだのだろう。
そこに現れたのが【猫の手グローブ】をつけた私だった。
「しかし、私の期待とは裏腹に、王女殿下が招待したのは猫獣人の子ども。本当に落胆したのですよ。獣人の子どもが神の子のはずがない」
ガイラル伯爵がやれやれと肩をすくめる。
そして、じっと私を見た。
「――あなたは何者ですか?」
探るような灰色の目。
「神の子を探すため、私は当時生まれた子どもの戸籍を徹底的に洗いました。そこにあなたのような子どもの名前はなかった。獣人の子も調べたはずなのに」
私はそれに、こてりと首を傾げた。
「れに、とうろくしてない」
「は?」
私の返事にガイラルの穏やかな顔が崩れて、間抜けな顔になる。
父と母が相談して私のことを隠してくれていた。
だから、ガイラルたちに見つかることもなかったのだろう。
「しゅぞく、かんけいない」
エルフだから、獣人だからと、村の司祭も言っていた。でも、私に関係あるとは思えない。
ステータス上の種族はエルフ。だが今は封印され人間と変わらない。アイテムを装備すれば猫獣人と同じ。そしてなにより――
――この世界のものじゃない。
転生した私はこの世界から見れば異物。
何者か? と問われれば、私はきっとなにものでもない。
「れには、れにだよ」
自分がなにか。
それは私が私であるということだけ。
それ以外に大切なものってある?
「あなたはなかなか愉快ですね」
私の言葉にガイラルは声を上げて笑う。
そして、また穏やかな顔に戻ると、私に向かって手を差し出した。
「あなたは神の子だ。力がある。力があるものはその力を有意義に使うべきです」
その手が私を誘う。
「スレンドグラスが見えますか? あれはかつての王都リワンダー。とても美しい都です。私は王族の子孫なのです。あなたの力で亡霊たちを浄化し、国を興しましょう。あなたは国を手に入れることができる」
夢見るようにガイラルは朗々と語った。
「徘徊するグールも飛び回るヘルバードもいりません。庶民の亡霊は必要ない。リビングメイルは騎士の魂が宿ったものであり、これは王が使役するに相応しい。この力があれば再び国を取り戻せます」
そこで私に向かってほほ笑む。
穏やかで優しい笑みだった。
「あなたが初代王妃です」
「おうひ?」
「私とともに作り上げましょう」
その笑顔を見て、私は――
「いらない」
首を横に振った。
「れに、すきじゃない」
キャリエスちゃんを泣かせたこと。
先ほどから私に語る言葉。
なにひとつ、胸に響かない。
「くに、ほしくない」
私はこの世界で楽しく旅をするのだ。
国を手に入れたいわけじゃない。
「……やはりただの子どもか」
私の言葉にガイラル伯爵の目が一瞬ギラリと光った。
その光はすぐに消え、ガイラル伯爵は大きくため息をつく。
「とても残念です」
そして、私に差し出していた手を引き、背後へと合図をした。
動き出す大量のリビングメイル。
数は……30?
「こんなに大量にいたなんて……っ」
「さらに増えていますわ……っ」
ピオちゃんとキャリエスちゃんが息を呑む。
私は二人を元気づけるように、しっかりと頷いた。
「だいじょうぶ。れに、つよいから」
そして、大きく前へと跳んだ。
ここまでくれば、二人を巻き込むこともない。
「ほんとうは、ひかりにしたかったけど……」
でも、今の私では無理そうだ。
なので、【猫の手グローブ】の爪をジャキッと出した。
全部まとめて吹き飛ばすしかない!
「レニ! いけませんわ! そこは……っ!!」
すると、地面に着地した途端、背後でキャリエスちゃんの声が響いた。
そして、それをかき消すように、ガイラル伯爵が笑った。
「わざわざ自分で飛び込むとは! あなたには体は必要ない! 宝玉は私のものだ!!」
笑い声とともに、床が光り出す。
これは……魔法陣?
「あなたが立っているのは体を消し、魂のみを残す魔法陣の中心! さあ、宝玉よ! 私の前に姿を現しなさい!」
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