第59話 レニは天才3ー②

 キャリエスの強く、まっすぐな言葉。

 それを聞き、ガイラルはパチパチと拍手をした。


「素晴らしい。さすが王女殿下です。王太子殿下や姉殿下と比べ、容姿も能力も劣っていますが、矜持はご立派です」

「……っ」


 ガイラルの言葉に、キャリエスは胸がぎゅうっと掴まれたように痛くなるのを感じた。

 平凡な茶色の髪と茶色い目。手足も長いわけではない。教えられたことをすぐに覚えられる記憶力もなければ、機転が利くわけでもない。運動に関しては言えば、同じ年齢の子どもより下手だという自覚がキャリエスにはあった。

 ガイラルはキャリエスのそばにいた。

 だからこそ、キャリエスの能力を知っているし、キャリエスが劣等感を抱いていることを知っている。


「このままこの国にいたとして、王女殿下はずっと地味で能力の劣った者として扱われるだけです。その矜持もいつまで保っていられるか。私と行きましょう。私は知っています。王女殿下は神の子です。その力があるのだから」

「わたくしは……」


 ――神の子ではない。


「わたくしは、たしかに能力はありません」


 ガイラルが唯一、認めた力はキャリエスのものではなかった。

 ただの地味で能力の劣った王女。

 キャリエスは一番それをわかっていた。


「でも……」


 なにもないけれど。

 なに一つ、優れたものなど持っていないけれど。


「この矜持は失いません!」


 王族として生まれ、育てられた。

 どんなに弱くても、それだけは汚させない。

 民を守るため、いま、ここにいる子どもたちを守るため。キャリエスはガイラルには屈さない。


「ガイラル。あなたは間違っている。あなたとは行きませんわ! 子どもたちを解放しなさい!」


 言い放ったキャリエスにガイラルはやれやれと肩をすくめる。

 そして、壁で待機していたリビングメイルに声をかけた。


「捕らえなさい」


 言葉に反応し、リビングメイルが動き出す。

 キャリエスも抵抗したが、幼い身ではどうしようもできず、あっという間に捕まる。

 そして、部屋の中心へと連れてこられた。


「そこになにがあるかわかりますか?」


 両腕をリビングメイルに捕まれ、暴れてもびくともしない。

 キャリエスは返事はせず、ガイラルを見返した。


「王女殿下の立っている場所は、魔法陣の中心なのです。リワンダーにある大型の魔法陣、あれを解析し、少し手を加えました。リワンダーの宝玉の力を遠隔で使えるようにしています。ただ、力は弱い。それでも、人間の肉体を消すことは可能です」


 ガイラルはキャリエスを見下ろし、朗々と話した。


「不老不死を求めた王は肉体を消し、魂をものに定着させることを考えました。さて、王女殿下。あなたの持つ宝玉はどこにあると思いますか? ――魂です。あなたの魂とともにあるのです」


 穏やかな顔。


「親から子へ受け継がれるものだ、と私はリワンダーの宝玉から知識を得ました。それでは私自身が宝玉を手にすることはできない。で、あるならば、宝玉を持つ子どもの肉体を消し、魂のみにすれば宝玉が浮かび上がるのではないか?」


 ガイラルはそこまで言うと、ふっと表情を消した。


「これは確証を得ていません。ですので、本来ならば、使うべきではない。王女殿下。私は王族なのにただの伯爵としてあなたに使えていました。ずっと思っていたのです。王族とは名ばかりの能力のない子どもが、なぜ私の前にいるのだろうと」


 初めて見せたガイラルの表情。

 それはいつもの穏やかな顔ではなく、歪んで醜いものだった。


「どうやら私は私が思っているよりも、あなたのことを蔑んでいるようです」


 常にともにいた。

 支えてくれていると思っていた。

 努力している姿を見てくれているのだ、と……。


「王女殿下の魂が宝玉として残るのか、このまま消えるのか、グールになるのか、それはわかりません。ただ、あなたのその声は聞かなくてすむでしょう」


 ガイラルはそう言うと、床に両手をついた。

 魔法陣に言葉を書き足しているのだ。

 そして――


「お別れです」


 ――穏やかな声とともに、床に書かれた魔法陣が発光する。


「……っ」


 金色に光る世界の中、キャリエスは覚悟を決めた。

 これで、終わり。

 だが、子どもたちは大丈夫だろうか。

 【花火石】を投げ、レニに居場所を知らせることはできたと思う。そして、できるだけ話を引き伸ばし、注意を自分だけに引き付けることもできた。

 レニならうまくやってくれる。そう信じて、目を閉じて――


「くっ……! なんだこれは……」


 バリッと体に電撃が走ったかと思うと、胸のあたりに収束し、そのまま散っていった。

 魔法陣の輝きも消え、金色だった世界が元の色へと戻る。


「起動したはずなのに、なぜ生きている」


 ガイラルが驚愕した顔でキャリエスを見る。

 そのとき、キャリエスのポケットからぽろっとそれが落ちた。

 それは――


「人形……?」


 黒焦げになった【身代わり人形】。

 レニのくれたものをキャリエスはポケットにねじ込んでいたのだ。


「レニ……」


 地味で能力がないキャリエス。

 でも、レニはキャリエスの髪をかわいいと言って、瞳をきれいだと言ってくれた。

 お辞儀をしたキャリエスを見て、努力を認めてくれた。


 ――友達になってくれた。


「……レニ」


 また、会いたい。

 会って、一緒に笑い合いたい。


「助けて……」


 小さく声を漏らす。

 すると、その瞬間、轟音とともに、地下室の天井が崩れた。

 地下施設に、強い光が差す。その光とともに現れたのは――


「おそくなってごめん」

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