第56話 相性が悪いみたいです

 ガタゴトと馬車が揺れる。

 その音に合わせて、ゆっくりと意識が浮上していった。

 昨日、夢見心地で馬車に乗り、サミューちゃんに言われるままに【猫の手グローブ】と【羽兎のブーツ】を外した気がする。

 今はたぶん【隠者のローブ】だけをつけて、フードを被っている状態かな。


「……ん」


 眠気に勝てず、サミューちゃんに馬車まで運んでもらったのだろう。

 で、たぶん今は馬車の中だ。

 馬車で寝ると体が痛くなりそうだが、背中には柔らかいクッションが置かれているようで痛くない。四歳児の小さな体だと、馬車の中でも普通に横になれているようで、それも良かったのだろう。

 あと――

 

「あったかい」


 後頭部にも上等な枕を置いてくれたようで、柔らかくて痛くない。それどころかふわふわと温かいのだ。

 なので、その感触を確かめるように、すりすりと頭を動かした。その拍子にフードが脱げた気がした。


「ひぐぅっ……!」


 すると、頭上から不思議な声が。

 パチリと目を開けると、見えたのはサミューちゃんの顔。馬車に座って、私の顔を覗き込んでいたようだ。


「さみゅーちゃんだった」


 後頭部の温かいものはサミューちゃんの膝だったんだね。

 目覚めたとき、一番にサミューちゃんの顔が見えたので、思わず、ふふっと笑ってしまう。


「おはよう」


 そして、そのまま手を伸ばす。

 頬を撫でれば、サミューちゃんの呼吸が止まった。


「あ」


 しまった。

 寝ぼけていた。これは絶対にまずいやつ……!


「あああああ」


 私の予想は的中し、サミューちゃんがカタカタと揺れる。

 そして――


「あ、無理、尊い、むり、ちしりょう」


 ……目覚めから、サミューちゃんの白目を見てしまった。


「ごめんね……」


 呟いて、急いでサミューちゃんから体を離し、ちゃんと自分で馬車へと座る。

 すると、数秒後、サミューちゃんはいつもの美少女の顔に戻った。


「レニ様、おはようございます」

「……うん」

「僭越ながら、馬車の中では、私が膝枕……っ、膝枕をさせていただきましたっ!」


 言いながら、サミューちゃんの息がまた荒くなる。

 思い出し呼吸困難……?


「さみゅーちゃん、やすめた?」

「大丈夫です! これ以上なく、幸せでした!」


 休めた? という質問に幸せが返ってくる謎。

 一晩中、膝枕をしてくれていたんだとすれば、体勢などもしんどかったはずだが、サミューちゃんはいつもよりツヤツヤとしていた。

 うん……サミューちゃんが元気なら、それでいいんだけど。

 

「レニ様のアイテムのおかげで、馬も素晴らしい移動速度で領都を目指しています。途中でガイラルに追いつくことも考えましたが、それはありませんでした。どうやらあちらも普通の馬ではなかったようです」

「うーん……ですほーすかなぁ……」


 【俊足の蹄鉄】をつけた馬でも追い付けないガイラル伯爵の馬車。

 考えられるのは【死霊の馬デスホース】と呼ばれる、生きた馬とは違うものを使役している可能性だ。

 デスホースはリビングメイルと同じく、【彷徨う王都 リワンダー】のマップで出てくる魔物だった。

 不老不死の魔法陣に巻き込まれた馬たちが実体をなくしながらも、手綱や鞍、鐙などを装着したまま、青く光る霊体のようになっている。

 あの魔物ならば、一晩中走り続けることも可能だし、空を飛ぶように走るので私たちよりも速いかもしれない。

 ゲームの知識を思い出しながら話すと、サミューちゃんは「なるほど」と頷いた。


「たしかにデスホースであれば、私たちが追い付けないのも無理はありません。リビングメイルを従えているのであれば、デスホースを従えていても不思議はないですね」


 こうなると、ガイラル伯爵は【彷徨う王都 リワンダー】のマップで出てくる魔物のすべてを使役できると考えてもいいのかもしれない。

 なぜ可能なのかはわからないが、もしかしたら【彷徨う王都 リワンダー】に関係があるのだろうか。


「へるばーど、ぐーるとかもいるかも」


死を呼ぶ鳥ヘルバード】、【這う亡霊グール】なども従えている可能性がある。


「たしかに……。ヘルバードがいれば、お茶会で空からリビングメイルが現れたことも説明がつきます。ヘルバードに運ばせたのでしょう」

「うん」


 突然、空から現れてびっくりしたけれど、空を飛ぶ魔物を従えているならば可能だ。

 今のところ、リビングメイルにしか襲われていないので、本当かどうかはわからないが。


「レニ様は魔物についての知識も豊富なのですね」


 サミューちゃんがそう呟くと、コンコンと馬車がノックされた。

 聞こえてきたのは馬車の前方で、そこには馭者と連絡するための小窓がある。


「レニ様、アイテムを」

「うん」


 サミューちゃんに促され、【猫の手グローブ】と【羽兎のブーツ】をつける。

 サミューちゃんは私がアイテムを装備したことを確認すると、小窓を開いた。


「話し中、すまない。そろそろ領都に着く」

「ぴおちゃん」

「レニ君、おはよう。すこしは眠れただろうか」

「うん。ぐっすり」


 どうやら馭者をしていたのはピオちゃんだったらしい。

 赤い髪が風に揺れ、赤い目が私を見て、柔らかく笑った。


「領都には少数で潜入し、殿下の救出を目指すことになる。領都に入ると落ち着くこともできないだろうから、ここで朝食を摂り、備えたい。いいだろうか?」

「うん」

「わかりました」


 ピオちゃんの言葉に頷くと、徐々に馬車はスピードを緩め、ゆっくりと止まった。

 サミューちゃんが開けてくれた扉からぴょんっと降りる。

 馬車は一台で乗っているのは私とサミューちゃんだけ。馭者のピオちゃん以外にほかの人は見当たらないから、どうやらこの三人で領都に潜入するようだ。


「さんにんでいく?」

「ああ。人数を増やしてもリビングメイルに対抗できるとは思えなかった。それに、もしガイラルが領都全体を人質として取ると僕たちは動きづらくなる」

「そうだね」

「ならば、できるだけ戦いは避け、殿下の救出だけを目標にするのがいい。それならば目立たないように人数は絞るべきだ」

「私はレニ様と二人で十分。人間の騎士など不要だと考えましたが」

「僕も君たちと同じように戦えるとは思っていない。だが、馬車を制御し、情報を集めるものが必要なはずだ。君はエルフだから目立つし、レニ君はまだ幼い」

「わかっています。それはもう話しました」

「……君がまた、文句を言い出したんだろう」

「文句ではありません。事実を再確認しただけです。レニ様と私だけで十分だ、と」


 二人の視線の間にバチバチと火花が散っているのがわかる。

 うん……。サミューちゃんとピオちゃんはちょっと仲が悪い。

 サミューちゃんはそもそも人間が好きではないし、ピオちゃんが私にしたことをまだ許していないみたいだし。

 ピオちゃんは私にしっかり謝ってくれたし、丁寧だし、すごいと思うんだけど、どうもサミューちゃんとは相性が悪いようだ。


「さみゅーちゃん、ぴおちゃん」


 二人の手を同時に握る。

 サミューちゃんもピオちゃんもすぐに私を見てくれ、表情をやわらげた。

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