第55話 領都を目指します
「ぴおちゃん、うまでいく?」
「ああ。しかし、もう限界かもしれない」
私とサミューちゃんはこのまま行くとして、ピオちゃんはどうするか。
馬はここまでで疲れてしまったようで、ふぅふぅと荒い息を吐いていた。
「あいてむぼっくす」
そんな馬のために、アイテムを選んでいく。
まずは体力回復。そして、能力アップが必要だよね。
「けってい」
取り出したのは【回復薬(特)】と【俊足の蹄鉄】。
回復薬を飲んだ馬はすぐに元気を取り戻したようで、荒かった息は正常に戻り、毛艶もよく、目もきらきらしている。
【俊足の蹄鉄】は騎乗系の動物の装備品で、移動速度が上がるものだった。
サイズ調整が難しいかと思ったが、そこはさすが私のアイテム。馬にぴったり。
ピオちゃん曰く、騎士は馬の世話ができることも必須とのことで、器用に付け替えた。
「すごいな、これまでもジュリアーナは素晴らしい馬だったが、移動速度が格段に上がっている」
元気になった馬で、少しだけ試し乗りをしたピオちゃんが感嘆の息を漏らす。
ジュリアーナというのが馬の名前かな? 白くてきれいな馬だと思う。
これなら、私とサミューちゃんについてこれるだろう。
「じゃあいこう」
「ああ。こっちだ」
ピオちゃんの案内で、リビングメイルに襲われた現場へと急ぐ。
宿泊先の街へ向かっていたはずの一行は、本来の道よりも北側へ逸れていた。
もし、ピオちゃんが私たちと出会えなければ、私とサミューちゃんだけでは通り過ぎてしまっていたかもしれない。
ドラゴンに襲われていたときと同じようにして、回復薬を飲ませていく。
前回より数が多くて大変だったが、それは大丈夫。私のアイテムはカンストしている!
というわけで。
「みんなげんき」
「「「おー!」」」
元気になったみんなが声を上げる。
今回もみんな無事でよかった。
「レニ様、ありがとうございました……っ」
「どうか殿下を……っ」
「殿下をよろしくお願いいたします……っ」
壊れた馬車の中で気を失っていた、キャリエスちゃんの三人の侍女。
みんな元気になったが、三人ともキャリエスちゃんがいないことで、その表情には焦りや悲壮感が浮かんでいた。
そう。今回はここで終わりではない。
キャリエスちゃんの救出に向かわなければならないのだ。
三人の侍女に「わかった」と頷く。
すると、そこへ情報を集めていたサミューちゃんと、部下へ指示をしていたピオちゃんが戻ってくる。
そして、二人が告げたのは――
「レニ様。強襲されたとき、かろうじて意識があった兵士がいます。話を聞きました」
「ああ。僕も聞いてきた。やはり犯人は……」
――犯人の名前。
「ガイラルだ」
「ガイラルです」
二人が挙げたのはガイラル。ガイラル領の領主で伯爵。
助けた村の地下室で見つけた資料では、教団の司教と書かれていた。
「しっぱいした」
ガイラル伯爵とピオちゃん、警備のみんなにキャリエスちゃんを守ってもらい、私がこどもたちやキャリエスちゃんを襲う大元を潰そうと思っていた。
でも、ガイラル伯爵が大元であったなら、私がキャリエスちゃんとともにいるべきだったのだ。
「すず……ならなかった」
私がガイラル伯爵にお茶会で会ったとき、【察知の鈴】は鳴らなかった。ガイラル伯爵に私を襲うつもりがなかったからだろう。
その後、キャリエスちゃんに【察知の鈴】を渡したが、それはどうだったんだろう。
「鈴とはレニ様が殿下に渡していただいたものでしょうか?」
「うん。きけんだとなるはず。がいらるはくしゃくがいたとき、ならなかった?」
一週間、トーマス市長の屋敷で一緒にいたとは言え、片時も離れずにキャリエスちゃんとともにいたわけではない。
そのあたりのことはピオちゃんや三人の侍女のほうが詳しいはずなので、聞いてみる。
すると、ピオちゃんは顎に手を当てて、三人の侍女は顔を見合わせて答えた。
「レニ君が鈴を渡したあと、すぐにガイラルは屋敷を立ったから、殿下とガイラルが一緒にいたことはなかったと思う」
「はい。それと、殿下はレニ様からもらった鈴をとても大切にしていて、宝箱にしまっていました」
「トーマス市長に商人を紹介してもらい、加工を頼んでいたのです」
「レニ様が『ゆっくり休めるように』と言ってくださったので、夜は持っていることが多かったように思います」
「そっか……」
「今回、僕たちは大敗をしてしまったが、最初に強襲に気づいたのは殿下なんだ。鈴が鳴っているから気を付けてほしい、と」
「うん」
「おかげで奇襲は避けられ、なんとかだれも亡くならずに済んだのだと思う」
ピオちゃんと三人の侍女の話を聞いて、ふぅと息を吐く。
ちゃんと守りたかったけれど、うまくいくときだけではない。
それでも、最低限のことができた、そう思いたいが……。
「はやく、きゃりえすちゃんをたすけよう」
いなくなってしまったキャリエスちゃん。
ガイラル伯爵が連れて行ったのだろう。
きっと、一人で怖いはず。
「いそがないと……」
そう言って、一歩踏み出す。
けれど、体がぐらりと傾いて――
「レニ様っ!」
すかさず、隣にいたサミューちゃんが体を支えてくれる。
すぐに体勢を整えようと思うんだけど、うまく体に力が入らなかった。
「レニ様……っ」
「どこか体調が?」
「いけません、こちらへっ!」
三人の侍女が休めるよう場所を探してくれる。
私はそれに首を横に振った。
「ねむいだけ……」
そう。だから大丈夫。
実はずっと眠かったのだ。
装備品のおかげで疲れないとはいえ、すでに四歳が起きている時間ではない。
転生前は一徹ぐらい余裕だったが、今はちょっと無理かも……。
でも、今は寝ている場合ではない。
「かいふくやく……のむ」
眠り薬を飲んだときとほぼ変わらないぐらいの眠気。勝手に目が閉じそうになるのはなんとかこらえて、答える。
この眠気も状態異常だと考えれば、回復薬を飲めば治るはず。
だから、そう言ったのだが――
「それはよくない、レニ君」
止めたのはピオちゃんだった。
「みな、レニ君に救われた。殿下の救出を頼んだ僕が言えた義理ではないが、そのために君に負担をかけすぎては、あとで殿下に叱られてしまう」
「そうです。レニ様は成長途中なのです。眠たくなるのは当然のこと、体のためです。アイテムで解決するよりはきちんと睡眠をとるべきかと考えます」
ピオちゃんのあとにサミューちゃんも続く。
サミューちゃんはアイテムの使い過ぎは成長を妨げるといつも教えてくれる。今回の言葉ももっともだ。
「でも……」
けれど、早くキャリエスちゃんを追いたい。
なので、首を縦に振るのを渋ると、ピオちゃんが「わかった」と頷いた。
「レニ君。ジュリアーナにもらった蹄鉄はもう一組あるだろうか?」
「うん、ある……」
「それならば、それをもう一頭の馬につけさせて欲しい。そして、馬車で移動するのはどうだろうか」
「ばしゃ……?」
「そうだ。馬車であればレニ君も中で休めるし、移動もできるから、殿下の救出が遅くなることもない。レニ君の蹄鉄をつければ、スピードも出る。できるだけいい馬車を用意するから、それで行こう」
ピオちゃんの話を聞いて、回りにくくなった頭で考えてみる。
夜通し走ることになってしまう馬には申し訳ないが、それが一番いい案に思えた。
「おねがい……」
「ああ。準備をする。君たちはレニ君が休めるよう、馬車の中を整えてくれ」
「「「はい!」」」
ピオちゃんにもう一組【俊足の蹄鉄】を渡す。
受け取ったピオちゃんは三人の侍女に指示をすると、すぐにその場を離れていった。
兵士の人に話をしているようだから、いろいろとしてくれるのだろう。
私はもう、立っているのも限界で――
「レニ様、失礼します」
近くに人がいなくなったことを確認して、サミューちゃんが私にフードを被せた。
これで私の姿が見えなくなったはずだ。
そして、優しく抱きかかえられる。
サミューちゃんのあたたかい体と安心できる手。
「ありがと……さみゅーちゃん」
「はい。ゆっくりとお休みください」
私はそのまま意識を手放した。
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