第37話 王女様でした

「おうじょさま」


 私がドラゴンから助けた女の子。ふわふわの茶色い髪にとてもきれいなドレス。そして、殿下って呼ばれてた。

 地位が高いと感じてはいたが、王女様だったようだ。


「この国は王とその妃、そして三人の子どもがいると聞いています。彼女は一番下の王女ではないか、と」


 サミューちゃんの説明にうんうんと頷く。

 話し方も見た目よりもしっかりしていたし、幼い王女様だと言われれば納得だ。けれど、疑問もある。


「ふつう、おうじょさまだけで、ここまでくる?」


 あの女の子が王女様だとして。私ぐらいの年齢の王女様が、一人でレオリガ市まで来るような用事ってあるだろうか。

 私の質問に、サミューちゃんは「そうなのです」と頷いた。


「王都はここから南にあり、近くはありません。この近辺に王女自らが訪問するような、重要なものがあるとは思えないのですが……」

「どらごんにおそわれてた。かんけいがあるのかな」


 幼い王女様が一人で王都から離れる理由、ドラゴンに追われていたワケ。まだなにもわからないけれど、なにかありそうな気がする。ただの旅行ならそれでいいが……。


「さみゅーちゃん、ここすわって、いっしょにてがみをよもう」


 とりあえず、この手紙の内容を知りたい。

 なので、床に跪いているサミューちゃんにソファに座ってもらおうと、隣をポンと手でたたいた。

 けれど、サミューちゃんは戸惑っていて……。


「しかし……」


 困ったように眉を八の字にする。

 きっと、私の隣へ座ることを遠慮しているのだろう。

 サミューちゃんは私を大事に扱ってくれる。が、ずっとその姿勢だと疲れるはずだ。ぜひソファに座って欲しい。

 ので、サミューちゃんとしっかりと目を合わせて、首を少し傾げて告げた。


「れに、さみゅーちゃんによんでほしい」

「っはい、喜んで!!」


 床に跪いていたサミューちゃんが居酒屋的発声をして、素早く私の隣へと収まる。

 よかったよかった。サミューちゃんの頬が赤くなっているが、まあ大丈夫だろう。

 手に持っていた封筒を開けて、便せんをサミューちゃんへ渡す。

 すると、サミューちゃんは私が読みやすいようにしながら、ゆっくりと読んでくれた。

 便せんの文字はとてもキレイ。私の字とは違い教養を感じる。

 文面はきちんとした挨拶のあと、本題が書かれていた。それは――


「おちゃかいのおさそいだね」


 王女様との約束。

 王女様は、レオリガ市についたあと、すぐにお茶会を開くことを決め、こうして手紙を書いてくれたようだ。


「かなり、気を配ってある内容だと感じました。この国の王家に連なる者としての礼にのっとています」

「せいしきな、おさそい?」

「はい。普通は王家の者が通りすがりの人間に対して、これほど礼を重んじることはないと思いますが……。レニ様に助けられたことを、とても感謝したのでしょう」

「うん」

「ここに、レオリガ市の市長と、領主も同席すると書いてあります」

「すごい?」

「そうですね……。市長はともかく、領主も、とは……」


 サミューちゃんは先ほどから難しい顔をしている。


「領主は世襲制の上級貴族になります。王家から土地と民を預かっている立場ですね。ガイラル伯爵が治めています」

「おちゃかいにいったら、がいらるはくしゃくがいるんだね」

「はい。王女との繋がりだとは思いますが……」


サミューちゃんが言葉を濁すので、ふむ、と考える。

サミューちゃんはお茶会について、いい印象がないようだ。


「さみゅーちゃん、おちゃかいはんたい?」

「反対というわけではないのですが……」

「やっぱり、あっちのみぶんがたかすぎるかな?」


 サミューちゃんの口振りや表情からして、参加しないほうがいいのかもしれない。

 ただのお茶会だと思っていたが、私は礼儀もわからないし、王女様と一緒にいることはできないだろう。

 そう思って聞いてみると、サミューちゃんは横に首を振った。

 そして、真剣な顔で私を見つめる。


「レニ様。レニ様は今でこそ姿を隠し、地位を得ていませんが、エルフの国へ戻れば、レニ様自身も、王女として過ごすことが可能です。レニ様自身が高貴な方なのです」

「あ……うん」


 そういえばそうだ。母が女王であるのだから、私は王女。たしかに。


「ですので、人間の王女とお茶会をすること自体に問題があるとは考えていません。レニ様が相手の地位にこだわるとは思いませんが、相手の身分を気にする必要はないか、と。相手がエルフの事情を知るはずもありませんが、こうしてレニ様に礼を重んじた対応をしていることは好感もあります。ただ……」


 サミューちゃんは一度、きゅっと唇を噛んだ。


「あまり付き合いを深めると、足枷になるのではないかと考えます」

「あしかせ」

「はい。権力はその場に留まり、地位を高めていくのであれば、有用なこともあるか、と。しかし、レニ様はすでに十分な力を持っていると感じます。それを人間の権力者たちに見つかると、面倒なことになるのではないか、と……」

「たび、できなくなる?」


 それは困る。

 むむっと眉を顰めると、サミューちゃんは一度、口を閉じた。

 そして、少しの間のあと、またゆっくりと話し始め――


「……レニ様、申し訳ありません。私はエルフとして長く過ごしています。ですので、人間に対して、あまりいい感情を持っていないことも関係しているかと思います。レニ様が人間の世界と交流し、そこで地位を得ていくことはなんら問題ありません。その上で旅をしていくことも、レニ様が必要であると思えば、大切なことになります」


 サミューちゃんはそう言うと、まっすぐな目で私を見た。


「レニ様が望むままに」


 サミューちゃんの目はいつもきれいな碧色。

 そこに嘘や迷いはなくて、本当に私が決めたことを尊重してくれるのだろう。

 サミューちゃんは十分に情報をくれた。その上で、サミューちゃんの立場がエルフのものであることも伝えてくれている。

 私はサミューちゃんのこういうところが好きだ。

 サミューちゃんのおかげで、自分で考えて決めることができる。

 なので私は――


「れに、やくそくしたから、おちゃかいはいく」


 お茶会の約束にうれしそうにしてくれた王女様。その笑顔を曇らせたくない。


「でも、えらいひとと、いっしょにいたいわけじゃない」


 私はただ二人でした約束を果たしたいだけ。

 王女の地位や、領主、市長などの権力には興味はない。

 旅をして、自分の目でこの世界を見るという目的を達成するために、今、権力が必要だとはこれっぽっちも思わないから。


「――だから、ねこになっていく」


 王女様も猫獣人の私しか知らない。【猫の手グローブ】をつけていけばいいだろう。


「もしものときはすぐににげるし、ねこだからへんそう、ばっちり」


 サミューちゃんが言っていた『面倒なこと』になったら、すぐに逃げよう!

 だから、大丈夫だと笑えば、サミューちゃんは柔らかく目を細めてくれた。


「はい。お供します」

「うん! じゃあ、おへんじかくね」


 ――さあ、お茶会へ行きましょう!

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