第36話 手紙をもらいました

 サミューちゃんと一緒にレオリガ市の大通りを歩いていく。

 あちらこちらにある出店でごはんを買った。

 串に刺されて焼かれた肉と、ミルクティー。

 ベンチに二人で並んで座れば、サミューちゃんがお肉を差し出してくれた。


「レニ様、こちらは羊肉のようです」

「ひつじ」

「レオリガ市は発展していますが、郊外は大きな草原が広がっています。その先にある村は牧羊をしているようですね」


 サミューちゃんの言葉になるほど、と頷く。

 レオリガ市に来るまでに、牛を飼っている村は訪れたが、牧羊はしていなかった。


「こちらの飲み物は羊か山羊のミルクを使っているようです。どちらも少しクセがあるかもしれません。無理なようだったら私が摂りますので、気にせずに伝えてください」

「うん。ありがとう」


 サミューちゃんの気遣いにふふっと笑って応える。

 サミューちゃんはレオリガ市に来るまでも、こうしてその場所の特産をそれとなく勧めてくれた。

 私が旅に出たいと言ったときから、前もっていろいろと調べてくれたんだと思う。

 私が大好きだったゲーム。その世界を自分の五感で体験するのは本当に楽しい。

 私一人でも十分楽しかっただろうが、サミューちゃんのおかげで、もっともっと充実している。


「いただきます」


 サミューちゃんに渡された肉をかぷっとかじる。

 5mmぐらいの厚さに切られた肉が繊維に沿って、ちぎれていく。

 それを全部口に入れて、あぐあぐと噛めば――


「おいしい!」


 牛と違って、たしかに肉自体にちょっとクセがあるかもしれない。草の匂い? そんな感じがする。

 でも、多めのスパイスがその匂いをふんわりと包んでいた。

 しっかりとした肉質は噛めば噛むほど、お肉の味がして、ちょっと甘辛いタレととてもよく合う! あ、でも……。


「さみゅーちゃん、ぴりぴりする……」


 スパイスがかなり効いている。

 女子高生だったころならば、余裕で食べられただろうが、四歳の体にはちょっとピリピリが痛いかもしれない……。


「申し訳ありませんっ、スパイスは少なめでお願いしたのですが……っ」

「のみもの……」

「はいっ」


 サミューちゃんの食べかけのお肉の串を渡し、代わりにミルクティーを受け取る。

 ベージュ色のそれをこくりと飲み込めば、口はふんわりと温かくなった。


「おいしい」


 ピリピリしていた口の中が、柔らかく解けていく感じがする。

 乳脂肪のまろやかさと、温かい飲み物の温度で、口の中のスパイスがふわっと消えていった。


「すごい……! さみゅーちゃん、このくみあわせ、すごい!」

「大丈夫ですか? 辛さは……」

「おにくだけだと、ぴりぴり。でも、いっしょにたべたら、ちょうどいい!」

「よかったです」


 私の言葉にサミューちゃんがほっとしたように息を吐く。


「クセはどうですか? 気になりますか?」

「くさのにおい、する。でも、きにならない」


 飲み物からも草の匂いのような、牛乳とは違う香りがしたけれど、こちらにもスパイスが入っているようで、嫌な感じはしない。


「レニ様、続きも食べますか?」

「うん!」


 サミューちゃんからお肉をもらい、一口かじる。すると、やっぱりピリピリしたので、飲み物で緩和。うん。この組み合わせは永久機関。

 真剣に食べる私の隣で、サミューちゃんも同じように食べていく。サミューちゃんのお肉は、私のよりもスパイスが効いていそうだったけれど、サミューちゃんは気にしていない。大人だ……。さすが130歳……。

 そうして、大通りを散策した私たちは、夕方前に宿屋へと向かった。今日の寝床の確保だ。

 サミューちゃんと手を繋いで歩いて、宿屋の前まで来る。すると、サミューちゃんはドアを開ける前に、私にだけ聞こえる声で話した。


「レニ様。宿の中がすこし騒がしいようです。念のため、気配遮断をしていただいてもいいですか?」

「うん、わかった」


 サミューちゃんに言われて、すぐに【隠者のローブ】のフードを被る。

 これで、見つかることはない。

 そのまま宿屋に入ると、たしかにサミューちゃんの言う通り、受付でだれかがやりとりをしていて――


「もし、子どもを連れたエルフの客が来たら、すぐに市庁舎まで連絡を入れて欲しい」

「それは構わないが……」


 真剣な男性と、困惑気味な受付の男性。それを見つめる、サミューちゃんと私。

 この会話からするに、十中八九、探しているのは私たちのことだろう。

 ちらりとサミューちゃんを見つめると、私のことが見えないはずのサミューちゃんは心得た、というように頷いた。

 そして、私から手を離し、会話をしている男性たちへと歩みを進める。


「私になにか用でしょうか?」


 サミューちゃんは淡々と感情を乗せずに、言葉を告げた。さすがサミューちゃん。冷静沈着。

 声をかけられた男性二人は振り返ってサミューちゃんを見た。

 そして、受付の男性が「うおっ!」っと声を上げる。

 ちょうど話をしていたときに、話題の人物が出たら驚く。しかも、美少女エルフだもんね。

 けれど、もう一人の男性はとくに驚いた様子もなく、むしろ笑顔を見せた。


「よかった、お探ししていました」


 その顔は――


「あ、きしのひと」


 ――ドラゴンと戦っていた騎士の人だ。

 私の回復薬で助けた中の一人にいた気がする。


「今の声は……?」


 私が思わず呟いたせいで、騎士の人がきょろきょろと辺りを見回す。

 声が聞こえたのに姿が見えないからだろう。


「私になにか用でしょうか?」


 そんな騎士の視線を遮るようにサミューちゃんが立つ。

 台詞がまったく一緒なのがサミューちゃんらしい。


「申し訳ありません。こちらを渡すために探しておりました」


 騎士はそう言うと、周りの人に見られないように、なにかをサミューちゃんへ渡す。

 あれは……手紙、かな?

 姿を消していて、背が低い私からは騎士が懐から取り出したものがばっちりと見えた。

 白い封筒に赤い封蝋。

 サミューちゃんはその封蝋を確認すると、隠すように懐へ入れた。


「落ち着ける場所で確認します。返事が必要な場合はどうすれば?」

「その場合はこの市の衛兵に手紙を渡していただくか、市庁舎へと来ていただければ承ります」

「わかりました」


 騎士は用件は終わったようで、きれいな礼をして去っていった。

 サミューちゃんはそのまま宿で受付を済まし、部屋を取る。

 部屋へ案内されるサミューちゃんの後ろを、気配遮断したままついていく。

 案内された部屋は最上階。部屋へ入ると、そこはリビングのようになっており、どうやら寝室とは分かれているタイプの部屋のようだ。

 案内してくれた人がいなくなり、サミューちゃんと二人きりになったところで、フードを外した。


「さみゅーちゃん、どうだった?」

「レニ様、まずはお疲れでしょうから、こちらへ」


 サミューちゃんがリビングの大きなソファを勧めてくれる。

 なので、それに座ると、サミューちゃんはその足元に跪いた。そして、騎士から受け取った封筒を私に渡す。


「レニ様、この封蝋は王家のものにしか使えないものです」


 白い封筒の上に、とても目立っている赤い封蝋。

 サミューちゃんが示したそれは、王冠を被った獅子が刻印されていた。

 王家しか使えない封蝋が使われている。つまり、この手紙を出した人物は王族ということで――


「……ドラゴンから助けたのは、この国の王女だったようです」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る