第23話 うちの子は天才 3

 レニが村へと帰ったあと。

 夫妻はレニ、サミューとともに家に戻っていた。

 夜も更けており、子どもであるレニはとっくに眠る時間だ。夫妻としてもレニには早く眠ってもらうべきだと考えていたが、その前に話すことがあった。

 夫妻には確信があったからだ。

 レニはまだ三歳。だが、話を理解し、自分の道を選ぶだろう、と。


「レニ、眠いかもしれないけど、少しだけ話をしてもいいかしら」

「うん。だいじょーぶ」


 四人掛けのダイニングテーブル。

 いつもは夫妻二人で話すが、今日はレニとサミューもいれて四人。イスは三つしかないため、夫妻はレニを膝の上に抱き上げることにした。

 レニもそれに不満はなく、大人しく母の膝の上に収まっている。

 落ち着いている様子を確認すると、母はゆっくりと話し始めた。


「あのね、ママがエルフの女王だって言ったの、どう思った?」

「すごい、っておもった。……あと、みみがまるいのは、なんでだろうっておもった」

「そうよね……」


 レニが首を傾げる。

 そう。エルフであるならば、その耳はとがっているはずなのだ。


「レニはエルフは人間とどう違うかは知ってる?」

「うん。さみゅーちゃんがおしえてくれた。まりょくのこと」


 母の言葉にレニは頷く。

 先ほど、サミューにエルフは体内に魔力が循環しており、それを操作できると聞いた。それによって魔法を駆使し、身体能力を上げ、長命になるのだ。

 

「ママはね、体内に巡る魔力がね、うまく使えなくなってしまったの」

「それ、あぶない?」

「ママはね……そのまま死んでしまうはずだった」


 苦しそうな笑み。

 いつも朗らかに笑う母の顔とは違う。レニは目を少しだけさまよわせたあと、ぎゅっと母に抱きついた。

 そんな様子を見て、サミューが言葉を引き継いだ。


「魔力操作ができなくなったエルフは過去にもいます。記録に残っている限りでは三人……そして、全員がほどなくして、亡くなったと」

「ママはね、それを知ったとき、しかたがないことだと思ったの。あまり長い時間は残されていないけれど、やりたいことをやろうって」

「うん」

「そうしたらね、パパがね、エルフの森の前で怪我をして倒れていたの」

「ぱぱが?」

「……ちょっと魔物が強くてな」


 レニの視線を受けて、父はバツが悪そうに頬をかいた。


「エルフの森の中には人間は入れないんだけど、ママはどうしても助けたくて……。どうにもできない自分の命となんとか助けられる命を見て、パパのことだけは助けたいって思っちゃったの」

「俺は昔から運だけはいいんだよな。魔物に怪我させられたのは良くなかったが、そのおかげでこうして最高の妻がいるからな」


 ははっと笑う夫の言葉にあらあらとうれしそうな妻。

 微笑ましい光景だが、サミューは苦虫を噛み、舌の上ですりつぶしたような顔をした。


「この人間っ……この人間のせいで……っ」


 ぎりぎりと奥歯を噛み締めるサミュー。


「私たちエルフも女王様が人間を助けたのは把握していました。しかし、命の短い女王様の願いとなれば、森から放り出せとも言えない。……結果、女王様と人間の関係はどんどん深いものになってしまいました」


 サミューの言葉を聞いて、レニは三人の顔を見比べてみた。

 照れ笑いする父、幸せそうな母、……怨嗟の表情で父を睨みつけるサミュー。

 これが当時のエルフの森の情勢だったのであろう。


「……私たちは諦めていました。でも、この人間は諦めませんでした」

「俺たち冒険者の中ではずっと噂されていた。この世界には【宝玉】と呼ばれる神の宝がある。宗教団体が持っているやら、とある国が持っているやら、いろいろと噂があるが、俺はドラゴンが持っているという情報を掴んでいたんだ」

「ほうぎょく……」

「パパとサミューがね、ママを助けるためにドラゴンから【宝玉】を手に入れてくれたの」

「ああ。洞窟にドラゴンがいてな。サミューがその相手をしている間に、隠し部屋に入っただけなんだが、なんせ俺は運がいいからな」

「……この人間は本当に運がいい。なぜあんな場所を見つけられたのか」


 レニはその会話にぱちりと目を瞬かせた。

 内容に覚えがあったからだ。


 ――転生前。


 女子高生であるレニがゲームで手に入れたアイテム。

 洞窟のボスであるドラゴンを倒して、隠し通路に入った。

 そして見つけたのが【宝玉(神)】だった。


「この世界を支えるために宝玉は七つあると言われているの。……そのうちの一つをパパとサミューは見つけてくれた」

「宝玉は願いがかなえられると言われていたからな。体が治ればいいと思ったんだ」

「女王様が助かるなら、と」


 仲の悪い人間の男ととエルフのサミュー。

 二人が共闘できたのは、気持ちが一緒だったからだろう。

 その二人の思いを受けて、エルフの女王が選んだのは―― 


「――人間になりたい、と願ったの」


 ――人間になること。


「人間になれば、魔力が体内から消え、魔力操作をする必要はないから」

「私は……! 宝玉に『魔力操作ができるように』と願ってもらうつもりでした。そうすれば、エルフとして力も強く、長命でいられたのに……!」

「私は人間として一緒に生きてみたかったの」


 そう。エルフの女王が選んだのは、しがない人間の男。ともに生きていくためにすべてを捨て、人間になったのだ。


「……結果、女王様は体内の魔力を失い、見た目も人間のものになりました。……私たちエルフは、女王様の命が助かったのであればそれでも構わなかった。――けれど、女王様はエルフの森を出奔しました。この人間の男とともに」

「だって、すぐに引き離そうとしたでしょう?」

「……はい」


 エルフは同族の絆が強いが、他種族には排他的であった。女王が人間となってしまったことで、より人間の男への嫌悪が強まっていたのだ。

 女王はエルフの森で。人間の男は外へ追い出す。それがエルフの決めたことだった。


「ぱぱ、おたずねもの?」

「そうだ。エルフの女王様を誘拐した」

「全エルフの敵意の対象です」

「おい」

「本当のことですから」


 サミューが怨嗟の表情で告げる。

 すると、妻はあらあらと笑った。


「それなら私は世界の敵よね。世界を支える宝玉の一つを、自分の我が儘のために使ってしまった」

「そんな……そんなことはっ」

「だからこそ、ひっそりと暮らそうと思ったの。二人でただ平和に」

「最初は苦労したが、すぐに慣れたしな」


 エルフの女王として魔法ありきの生活をしていた妻が、人間の生活に馴染むのは大変だった。それでも、夫の支えもあり、人間といての生活をスタートさせたのだ。


「妊娠したときはびっくりした」

「そうね。エルフ同士でしか子どもは作れないはずなのに……。レニが生まれたとき、ほっとしたの。耳が丸い、普通の人間の女の子だって。エルフと人間の間には子どもは生まれない。だから、私が本当に人間になれたんだろうって」


 夫妻はレニの姿を見て、自分たちの生活を続けることを選択した。

 夫が狩りに出て、妻は子どもの面倒を見ながら、畑仕事。


「でも、レニは不思議な力がたくさんあった」


 生まれてすぐ、夫妻はレニが人間の子どもではないのかもしれない、と考えた。

 あまりに手がかからなすぎる。その瞳には理性の輝きがあった。


「どうしていいかわからず、私たちは隠すことにしたの。……エルフが取り戻しにくることも、人間に追い出されることも怖かった」

「俺もすぐに怪我をして病気になってしまったから……」


 成り立っていた生活がガタガタと崩れていく。


「でも、レニがいつも助けてくれた」

「ああ。レニが娘じゃなかったら、乗り越えられないことばかりだった。レニが娘で、やっぱり俺は運がいいな」


 夫妻にとって、レニが娘であることは、いつだって救いだったのだ。


「レニ、ありがとう」

「今日もがんばってきたんだろう? ありがとうな」


 レニを見つめて、笑顔を浮かべる夫妻。

 レニは二人の顔を見て……ボソリ、と呟いた。


「……れにね、ふつうじゃないとおもう」


 レニには転生前の記憶がある。

 それもこの世界がゲームであるという記憶で、しかもレベルはすでにカンストしているし、アイテムも大量に持ち越した。


「へん、だよね」


 そして、それだけじゃなくて……。

 転生前のレニはうまく社会に馴染めなかった。

 『自分が変だからだ』

 レニはずっとそれを感じていたし、今だって自分が変なことを十分理解していた。


「でも、……れにをへんなまま、そだててくれた」


 何度水浸しにしても、かわいい、かわいいと言って抱きしめてくれた父。

 レニが一人でおかしな作業をしていても、あらあらと笑って、好きなようにさせてくれた母。


「ぱぱ」


 レニと同じ、金色の目。


「まま」


 レニと同じ、銀色の髪。


「だいすき」


 ぎゅうっと母に抱き付く。

 すると、父がイスから立ち上がり、三人でぎゅうと抱きしめ合った。


「ママもレニが大好きよ」

「パパもだ。レニが大好きだ」


 レニが何者であろうとも。もし、姿かたちが似ていなかったとしても。

 一緒に過ごした時間が、心にあふれるこの思いが、この三人が親子なんだ、と証明してくれるから――


「れにね、たびにでたい」


 エルフに追われることも、人間に追い出されることも、全部背負っていく。


「せかいをみたい」


 まっすぐな金色の瞳。

 銀色の髪はさらさらと揺れ、だれもが魅了される、かわいい女の子。

 娘のきらきらした瞳がずっと輝いていて欲しいから――


「ええ。いってらっしゃい」

「いつでもここで待ってるからな」


 ――夫妻は娘を旅立たせることにした。

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