第4話 畑に肥料を撒きました


 畑に移動して、現在植えられているものを確認する。いろいろな野菜が植えられているが、主に食べるために栽培していることが窺われた。私がゲームをしていたときは畑と言えば、素材を採取するための場所だったので、こうして野菜だけが植えてあるのをみると不思議だ。

 今は芋とちょっとした葉物が植えてあり、右隅の辺りがすこしだけ空いている。とりあえずはここに肥料を出し、撒いていく形がいいだろう。


「あいてむぶぉっくしゅ」


 アイテムボックス!

 私の言葉と同時に、目の前に表示されるたくさんのアイテム名。その中から視線で【肥料(神)】を選んだ。


「けってい!」


 決定と同時にアイテムボックスの表示が消え、手の中にずしっとした重みを感じる。肥料がちゃんと出てきた証拠だ。私はそれを受け止めようとして――


「お、おもい……」


 ズシャーッ!


 重すぎて持ちきれず、袋ごと地面に落下した。

 ――袋の中身を全部ぶちまけながら。


「……ふわぁ」


 こんな、こんな絶望ってある?

 小さい畑全体に撒いてもまだ余りそうなぐらいあった肥料が、こんな畑の隅の小さな一角で使い切ってしまった。

 そして、さすが【肥料(神)】。吸収が速く、あっという間にすべてが土の上で溶け、なくなっていったのだ。跡形もない。残ったのは妙に土の色がよく、いい湿り気具合のふかふかな30cm×30cmの土地のみ。


「……めげない」


 そう。私はめげてはいない。こんなことはゲームでは日常茶飯事だからだ。一度の失敗でくじけてはメインストーリーは前に進まない。倒せないボスがいるのなら、レベルを上げてまた挑戦すればいい。

 それにこの結果から、また次の作戦を立てることもできる。


「ちゅちをまけばいい」


 土を撒けばいい。

 この土が最高な状態なのは、間違いないのだ。だったら、ここの土を畑全体に撒けば、肥料を撒いたのと同じ効果があるのではないか。よく考えれば、私が一人で畑をする時間は少ないし、肥料を撒いていたら、母に見つかる気がする。だが、畑の一角の土を掘って、全体に撒くだけなら、砂遊びをしている幼児にしか見えないだろう。


「ちゅかえる」


 これは使える。

 この体の重さへの耐久値と肥料の重さを見誤ったところは失敗だったが、最終的に栄養に富む畑ができれば、それは成功である。失敗は失敗ではなく、成功への道の一歩にすぎない。


「しゅこっぷがほしい」


 スコップ。あるいはシャベル。住む場所によって呼び名に差があって、主に両手で持って使う大きいヤツと、片手用のヤツがあるが、私が欲しいのは片手用。私はスコップと呼んでいる、あれが欲しい。スコップで土を掘って、全体に撒いていきたいのだ。

 が、ゲームではそういうアイテムはなかった。ときどきあるのだ。この世界にはあっても、ゲームの世界にはないものが。ゲームではあくまでもゲームで使うもの……つるはしやくわなどはあったが、スコップはなかったのだ。

 なので、アイテムをゲームから引き継ぎ、ほぼカンスト持っている私でもスコップは持っていない。どうしたものかなぁと思っていると、家のことを終わらせたらしい母がやってきて――


「レニ、どうしたの?」

「まま、れに、ちゅちをほるものが、ほしい」

「土を掘るもの?」

「あい」


 お願いします、と母を見上げる。

 幼児と言えば砂場遊びだ。二歳児がスコップを欲しがってもなにもおかしくないだろう。こうして畑仕事をしているなら、スコップぐらいあるだろうし……と。そう思ったんだけど……。


「……ごめんなさい、レニ」


 母はその美しい顔――最近はやつれてきた――を悲しそうにゆがめた。


「うちにはそれを買うお金がないの」

「……おかねがない」


 まさかの返答にぽかんと口を開けてしまう。すると母は私の前に屈み、まっすぐに私の顔を見た。


「パパもママもがんばっているんだけど、ごめんなさい」

「だいじょーぶ。わかった」


 真剣な顔に私はうんうんと頷いて返す。

 いや、お金がないことはわかっていたのだ。ただスコップも買えない――というか、そもそも持っていないとは思わなかった。わが家は、本当に最低限必要なものだけで、なんとか暮らしているのが現状なのだろう。


「れに、いえのまわりをみりゅ。なにかおちてるかも」


 母にそう告げて、二歳にしてようやく身に付けたダッシュを使った。うん。歩くよりは多少は早いっていう程度で、まだ全然遅い。「レニ!」と母が私を呼び戻そうとする声が聞こえたけど、とりあえず聞こえないふりをして、家の周りをぐるっと回っっていった。

 母には「家の周りを見る。なにか落ちてるかも」と告げたが、要はただの時間稼ぎと証拠作り。実際にやりたいのは――


「あいてみゅぶぉっくしゅ」


 アイテムボックス!

 そもそも家にあるかも、なんて甘えたことを言わず、手持ちのアイテムからスコップになりそうなものを探してみればよかったのだ。


「しゅこっぷ、しゅこっぷ……」


 とてとてと走りながら、ぶつぶつと呟き、視線でアイテムを探していく。

 なにかこう、土を掬って運べそうなもの。しかも幼児が持てるもの。この辺に落ちてたとしても、あんまり不思議じゃないもの。なかなかの難条件だったけれど、私のカンストしたアイテムボックスにはちょうどいいものがあって――


「レニ!」


 家をぐるっと一周してきた私を見つけた母が、こっちにおいでと手招きをする。

 私はアイテムボックスから取り出したそれを持ち、母へと近づいていった。

 母はすぐに戻ってきた私に、ほっと安心したような顔をする。そして、私が手に持っているものに気づいて、あら? と首を傾げた。

 

「おたま?」

「あい」

「おたまなんてどこに……?」

「おちてた」


 私の答えに母は不審げに眉根を寄せる。


「お家の周りに?」

「あい」

「おたまが?」

「あい」

「……うちの敷地にどうしておたまが……? しかも、すごくいいものに見える……」


 母はうーんと首をひねった。

 私はおおーと心の中で母に喝采を送る。母の言った「すごくいいもの」というのが、本当のことだからだ。


 このおたまは実は武器で、種類としては短剣に分類される。錬成にはSS素材数種類とS素材を大量に使用する、とても貴重なものなのだ。それを見抜くとは母の審美眼はなかなかのものである。

 ちなみに、このおたま、それだけ貴重なものにも関わらず、武器としての攻撃力は非常に弱い。砥石を使わずとも攻撃力が下がらないことだけが利点だった。

 ゲーム内では、コスプレをするためのファッションアイテムの一つという見方が主だろう。同じく、錬成の難易度の割に防御力の低いコックコートとコック帽を装着し、仲のいい人たちが集まって、合わせをする人が多かったと思う。

 そんなおたまがわが家の周囲に落ちているはずがない。

 母が不信に思うのは当然だが、母には悩んでいる時間はなくて――


・もし持ち主が現れたら、ちゃんと返すこと

・大切に使うこと

・畑で土を触ってもいいが、野菜に悪戯はしないこと


 などを私に言い聞かせ、急いで畑仕事を開始したのだった。

 大丈夫。私にお任せあれ!

 この【肥料(神)】によりできあがった、栄養に富む土を、おたまでしっかり撒いていくので!

 というわけで、地面にしゃがみこみ、ふかふかの土を、おたまで掬い上げる。こぼさないように慎重に歩き、芋の畝へと近づいた。そして、芋の葉やつるを避け、しっかりと根元に土をかぶせることに成功した……!


「ふわぁ……!」


 できた……!

 なんだかはじめてうまくいった気がする……!

 おたまはスコップに比べれば使いづらい。だが、ちゃんと脳内で考えていた通りに道具としての使命を果たしてくれた。さあ、あとはこれを畑全面に……!

 ……全面に? うそ……。


「みりゃいがとおい……」


 未来が遠いよ……。こんな一回で喜んでいたけど、どう考えてもあと二百回はこの作業が必要な気がする。いや、二百回じゃすまない気がする……。

 ……でも、やるしかない。そう。ゲームではこんなことは日常茶飯事だ。レベル上げだって単純作業を繰り返すから、気づけば強くなっているのだ。一回の成功ですべてが終わり、大成功です、とはならない。成功を繰り返し続ける。これが大切なのだ。


「よし!」


 おたまを握り直し、うんしょと立ち上がる。母はまだ畑仕事を続けるようだし、私もこの作業を続けていこう!

 そして、気になることも確認していきたい。


 ――このお金のなさだ。


 畑は地道にやっていけば、すぐに大豊作になり、父と母は楽になると思う。……思っていた。だけど、本当にそうだろうか。父の体が治り、畑で稼げるようになれば解決するだろうか?

 現状、父と母が朝から夜遅くまで働いていて、こんなにお金がないなんて、なにかおかしい。なにかがある気がする。


 ――これからは調査任務ですね。

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