第2話 家族が大ピンチです

 人はいつか死ぬ。

 でも、それがクリスマスだとは思わなかった。すごくワクワクしたまま死んでしまった。明日を夢見て死んでしまった。ゲームをもっと堪能したかったのに……。

 でも、まあそれは仕方ない。ゲームでは死んだら生き返るが、現実では生き返らないから。が、転生するということはあるみたいで――


「かわいい女の子ね」

「ああそうだな」


 私は前世のひきこもり女子高生の記憶を引き継いだまま、新たな生を経て、生まれ変わっていた。

 どうやら本当に赤ちゃんみたいで、まったく体が意のままに操れない。手をぐーにするだけで精いっぱいだ……。が、五感に関しては、普通の赤ちゃんより成長しているようで、はっきり聞き取れるし、目も見える。味も感じるし、触感もある。


 私を抱き上げる母はそれはそれは美しい人で銀色の髪をまとめ、青い瞳がきらきらしていた。父は茶色の髪にとくに特徴のない顔をしていたが、金色の目だけはきれいだと思う。

 そんな私は母譲りの銀髪と、父譲りの金色の目。全体的には母そっくりという、将来は美人まちがいなし! という構成で生まれていた。

そう。まるで私が大好きだったゲームでのキャラクターそのもの。

 もちろん、今の私はまだ幼い女の子だから、あのキャラクターの子供のときはこうだったのだろう、と想像できるような感じ、といった方が正しい。もっと大きくなれば、間違いなく私が使用していたキャラクターになるだろう。


 ――もしかして、私の大好きな、ゲームの世界。

 ――そこに転生したのではないか。


 そして、その予感は確信に変わる。

 最初は赤ちゃんでなにもできなかった私も、なんとかつかまり立ちを覚え、一人で歩けるようになった。

 女子高生の記憶と。しっかりした五感を持っていても、筋力などの体の成長は一般的な赤ちゃんと変わらなかったようで、それができたのは一歳ごろ。発語もなかなか難しくて、ダーとかアーばかりを言っていたが、ついにこれを発声できるようになったのだ!


「ちゅてーたちゅ!」


 ステータスね! ステータスって言ってるからね!

 サ行の発音については、おいおい練習するとして、今はなにが起こったかが大事だ。


「ふわぁ!」


 『ステータス』の言葉に反応して、いきなり目の前にブォンと見慣れたあの画面表示が現れた。思わず声を出して喜んでしまうのも無理はないだろう。

 そこにはこう記されていた。


・名前:レニ・シュルム・グオーラ

・種族:エルフ

・年齢:1

・レベル:999


 なんと! レベルがすでにカンストしている……!

 この他にも体力値や魔力値などの細かい値があるけど、それもカンストしている。それは私がゲームをやり込みながら、アイテムなどで最大値を上げ続けたからで――


「でぇーた、ひきちゅぎ」


 前世のゲームデータが引き継ぎ、現世に持ち越されている……!

 一歳から、すでに最強。

 これなら、もしかして――


「あいてみゅ……ぶぉ、ぶぉっく、ちゅ」


 アイテムボックス! アイテムボックスって言ってるからね!

 『ボ』の発音については、またおいおい練習するとして、今は目の前で起こったことが大事だ。そう。こちらもちゃんと引き継ぎされていたのだ。

 ずらずらっと並ぶアイテム。その数はほとんどすべてカンストしていた。

 一歳から、すでにこの世界のすべてのものを手にしている気がする。


「ふわぁ……」


 思わず感嘆の息を漏らす。


 ――ここは私が大好きなゲームの世界で、データそのままに転生したのだ。


 そうと決まれば、やりたいことはただ一つ。


「たび、でりゅ!」


 旅に出る!


 ――すごくきれいだった涼雨の湖。

 CGで表現された抜群にきれいな水面は、実際に見ると、どんな色をしているんだろう。

 ――クリアするのに時間がかかった透写の森。

 こちらをトレースして能力を真似てくる敵は、実際に対峙すると、どうやって戦うんだろう。

 ――マップが毎回変わる変転の砂漠

 乾いた風と舞い散る砂は、実際にはどうやって地形を変えているんだろう。


 全部見たい。全部知りたい。思う存分、この世界を堪能したい。

 画面越しに見るだけだった、大好きな世界を五感で受け止めたい。

 一歳にして最強なのだ。前世と同じようにソロでこの世界を巡っても、きっと困ることはないだろう。この世界での生き方は、前世の女子高生だった世界より、よっぽど心得ている。


 ――ワクワクする。


 死ぬ前に感じたあの興奮が蘇ってくる。

 そう。どこかに宝玉があるかもしれない。それも探しながら旅をすればいい。

 思わず、くすくすと笑ってしまうと、床に座り、もたれていたベッドの木枠がギシッと鳴った。


「レニ……?」


 その音に反応したのか、ベッドで寝ていた男性が声を上げる。

 弱々しい声。その人は、現世で私に与えられた『レニ』という名前を呼んだ。


「ちゃんと……いるか?」

「ぱぱ」

「……いるな、ら……いい……」


 私がうんしょ、と立ち上がって、ベッドを覗けば、そこに寝ていた男性――父は苦しそうに少しだけ目を開けた。そして、私と目が合うと、できるだけ笑おうとしたのだろう、口元をちょっとだけ上げたあと、すぐに目を閉じる。

 そんな父の様子に、私は興奮を一度置いて、その顔をじっと見た。


 ――父の容態は私が生まれてから、どんどん悪くなっている。


 父は私が生まれたときは元気だったし、まだ動けない母と私を気づかって、せっせと働いていた。腕のいい猟師らしく、やれ大きい魔物を狩っただ、いい肉が手に入っただと言っては、母に「あらあら」と笑われていたのだ。

 でも、私が生まれて一か月ぐらいに魔物の狩りに失敗したらしい。

 これまで元気だった父は床に臥せるようになり、代わりに母が働きに行くことが多くなった。

 私はまだ赤ちゃんだったが、そこは前世はひきこもり女子高生。たぶん普通のこどもを育てるより、簡単だったであろう子育ては、父がなんとかしてくれていた。

 そして、私ももう一歳。父の容態は軽快することなく、むしろ悪化していることが見てとれた。

 母は父に薬を買うため、家族を養うため、朝から夜まで働きづめだ。朝早く起きて、村のパン屋を手伝いに行く。帰ってきて、朝食を作り、父と私に食べさせたあとに洗濯。畑の手入れをしたあとは、早めの昼食を作り置いて、自分はすこし遠くの街まで徒歩で行き、そこの宿屋で夜遅くまで働いて帰ってくる。

 正直、こんな生活を続けたら、次は母が倒れてしまうと思う。

 というわけで。


「せいかちゅ、と、とにょ、えりゅ」


 生活を整える、ね! 生活を整えるって言ったから!

 旅に出る前に、父と母が仲良く平和にほのぼの暮らせるような環境を整えたい。

 そして、安心して私は旅に出るのだ。

 そうと決まれば、どうやって環境を整えるかだが、それは一歳にして最強の私にかかれば、造作もない。


 ・父にこっそり【回復薬(神)】を飲ませる

 ・畑にこっそり【肥料(神)】を撒く


 完璧である。

 これまではステータスを出せず、歩行訓練と、発語と発声練習に日々を費やしていたが、こうしてステータスを出し、アイテムボックスも使えるようになった私に敵はない。

 【回復薬(神)】はどんな状態異常も治せるし、体力値が1になっても、全回復できる。ゲーム内の回復薬のアイコンは瓶で、使用モーションはそれを口に運んで飲み干していたから、この回復薬を父に飲んでもらえば、すぐによくなるだろう。

 問題があるとすれば、私はこの力をあまり人には見せたくないということだ。

 これまで父母と暮らしていたが、父も母も『ステータス』なんて言ったのを見たことがない。もちろん二人が家で使えなかっただけかもしれないが、ステータスやアイテムボックスが使えるのは自分だけのような気がする。勘としか言いようがないが。

 なので、あくまでこっそり。こっそりと父を治す。


 そして、畑に肥料を撒くのは、今後の生活のためだ。

 父がまた猟師をしたいのであれば、それでいいと思うが、やはりまたケガをしたときのために、母が自活できる必要があると考える。

 パン屋で働くといっても短時間だし、街に働きに行くのも、遠いから効率的ではない。だから、やはりせっかくあるこの家と土地(畑)を使うのがいいと思うのだ。

 【肥料(神)】は畑に撒けば、そこからS素材がざくざく採取できるようになる。SS素材もかなりの確率で出る。芋やにんじんなんかのC素材も生産効率が上がるので、自給自足するにもいいだろう。

 ゲーム内の肥料のアイコンは布袋になにか土っぽいのが入っているもので、使用モーションはその袋から土っぽいものを撒いていた。だから、肥料を撒けば、裏の畑は大豊作間違いなしだ。

 こっそり。こっそりと撒けばいい。


 そこまで考えてから、もう一度、父の顔を見る。

 弱い呼吸で胸を上下に動かしている。浅く早い呼吸。きっとすごくしんどいのだろう。大丈夫。私にお任せあれ!


「うん、しょ」


 足にぐっと力を入れて、一生懸命にベッドへ上がろうとする。

 手でしっかり掛け布団のシーツを掴んで! 全身よ! 全身に力を入れて!

 そうして、なんとかベッドに這い登って、はふぅと大きく息を吐く。


「あいてみゅ、ぶぉっくちゅ」


 アイテムボックス!

 現れたアイテムの中から、視線で【回復薬(神)】を選ぶ。個数はひとつ。そして――


「けってぇい!」


 その言葉と同時に【回復薬(神)】の瓶が私の両手の間に現れた。私は慌ててそれを掴んだ。


「お、おみょい……」


 重い……一歳にはちょっと重いかもしれない……。回して開ける蓋もついていたが、一歳にはちょっと固いかもしれない……。

 でも、めげない。この日のために、歩行訓練、発語・発声訓練のほかに、把持訓練もしたのだから……!

 ベッドの上に座り込み、膝の間に瓶を固定する。そして両手でしっかり蓋を持ち、ぎゅうっと右に回す。すると――


「あいたぁ!」


 開いた! 開きました!

 思わず、ふわぁ! と声を上げる。しかしその瞬間――


「ふあぁ――っ!」


 膝の間に固定していたはずの瓶が斜め前に傾いていく。

 急いで手を伸ばしたけれど、重い瓶を支えることはできず……。


 バシャーッ!


 大好きなゲーム世界に転生した女子高生。現世の名前、レニ・シュルム・グオーラ。レベルカンストした最強一歳児の、異世界最初の試みは――


 ――父のベッドを水浸しにすることでした。

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