シェーラザードとクラスメート

『……』

「シェーラ、大丈夫?」


 肩に乗りつつぐでーんとする私に、ご主人様が柔らかい声をかけてきてくれました。


『…大丈夫です』


 私は安心させようとぱたりと尻尾を振りましたが、出た声は弱々しいものでした。


「シェーラ、あの学園長が嫌ならそう言ってね?」

『はい!?』


 いえ、そういうつもりはまったく! …えぇ、全然嫌いじゃないのですよ? 学園長自体は。


『話が、長いぃ……』


 学園のことについてだけで30分も話してましたよ、あの人!


「あー、うん…お疲れ」


 私が必死の抗議(狼の言葉だから通じてないでしょうけども)をしたら、ご主人様がそんな言葉と共に頭を軽く撫でてきた。


『……むー』


 それだけで気分が上昇する。我ながら現金だと思うけど、まぁ、その点は別に嫌な事じゃないから放っておく。

 まだ不機嫌さが抜けていないけど、愚痴るのを止められるくらいには機嫌が回復した私は、それまでご主人様の服にぺたりと付けていたお腹を浮かせ、肩の所で四足で立ちつつバランスを取った。

 そういえば、もう降りても問題はないのかな? 

 ここまでくれば人通りも少ないし、降りても良いんじゃないかと思うけど、ご主人様からの承諾を得ていないし止めとこう。ご主人様に怒られると凹む。せっかく気分が上昇傾向にあるのだから、それは避けたい。

 ご主人様の肩の上で揺られながら、ゆったりと尻尾を揺らす。

 今、私たちは割り振られた教室に向かっている所である。

 各学年で校舎や階が違うらしく、今まで周りに居た上級生(私は気が付かなかったが、入学式に参加してくれていたらしい。でも上級生全員にしてはやたらと数が少ないから、おそらく入学式出席には何かしらの条件があるんだろう)もいなくなり、最終的に、周りの人数は体育館にいた人の二分の一ほどになった。

 このくらいの人数ならば迷子にもならないだろうとは思うけど、他の人に踏まれるという危険性もあるので降りるのは却下。ご主人様の肩が一番安全です。居心地良いし。

 そうそう、さっき感じた香りは今はもう分かりません。あれからはずっと密着していたせいで、感覚が麻痺しているのでしょうか。

 あの香り好きだなーとぼんやりと考えていたら、ご主人様が「着いたよ、シェーラ」と声をかけてきてくれました。

 ……か、考え事をしているうちにいつの間にか着いていたようですね…!


 ご主人様の教室は一年B組らしいです。

 この学園のクラス分けは、各学年A、B、C、Dに分かれていて、分ける際に身分は関係ありません。純粋に成績順なんだそうです。ただ、一年次は成績関係なく、それこそ適当に振り分けられますが。入学テストとかも無いようなんですよ、この学校。

 二年次からは、クラス分けに成績が関係していきます。前学年での授業の成績を考慮するようです。

 通例は、A組はほとんど貴族で構成されるらしいです。…たぶん、貴族って小さい頃から英才教育を受けている場合がほとんどですから、自ずと成績も良いんでしょうね。

 ですから、身分違いの友情を育はぐくむなら一年の時がおすすめですよ、ご主人様!






 ──そして、現在。

 私は、一抹の不安を…いえ、けっこうな懸念を抱いています。

 それは言わずもがな、ご主人様の事です。


「アレン君。君は、かの有名な・・・・・ルーバートリア家の次男だろう? 君のお兄さんには一度会ったことがあってね──」

「……」


 無視。


「その時にお兄さんが言っておられたよ。弟とは一度もあったこと会ったことがないのだ、とね。…嫌っているのかい? それはいけないな。君は知らないかもしれないが、彼は偉大な方でね」

「……」

あの・・ルーバートリア家でも、特に秀でた方じゃあないか。今は次期当主であられるが、将来当主に即位なされば、恐らく、歴代のご当主の中でも一、二を争う強さを持っていると思われる」

「……」


 はい、ガン無視です。

 相手は恐らく貴族だと思うんですけどね、ご主人様は彼の存在を無いかのように振る舞っています。


『ご、ご主人様…? さすがに相手は子供なんですから、その、手加減というか』

「シェーラ」

『っ! はい!』


 重々しく吐かれた溜め息まじりの呼び声に、思わず尻尾をぴんと立てる。人間であったならば敬礼をしていたところだ。


「シェーラ、僕は寝てるから、先生来たら起こしてくれる?」

『りょ、了解です!』


 貴方の目の前の子供は無視することに決めたんですね!?

 ご主人様の頼みを断るわけにもいきません。そのお願い、謹んでお受けいたします。

 私は、『お任せあれ!』とご主人様に向かって鳴き、さらに念のため、うんっと頷いて行動にも示しておいた。

 ご主人様はそれを見て淡い笑みを浮かべると、早速寝る体勢に入った。邪魔にならない程度に、私も寄り添っておく。いや、寝る気はありませんけど。

 寝ると駄目だしなぁ、と手持ち無沙汰気味に辺りを見回すと、先ほどの男の子(推定・貴族)と目があった。


「『……』」


 そのまま互いに沈黙を貫く。

 その間にちょっと彼を観察してみた。

 顔は整っている方だと思いますよ。まぁ、ご主人様には到底及ばないですけど。

 どっちかっていうと、目の前の子供は気障キザですね。私にはよくわかりませんけど、さっきのは自慢話なんでしょうか? いや、雰囲気から自慢話だったんでしょうね、あれは。

 内容を要約すると、「僕は、お前のお兄さんから、相談事を持ちかけられるくらい信用されているんだぞ。関係がうまくいっていないお前とは違うんだ!」でしょうか。

 …ご主人様のことを何も知らないくせに上から目線で忠告してきた奴に好印象などありませんが、表面上は仲良くしていて損はないでしょうから、仲良くしておきますかねぇ。

 位などの細かいところまでは知りませんが、おそらく貴族ですし。仮に貴族じゃなくても、一応クラスメートなんですからね。 

 ……え、相手は子供なんだから優しくするべきだって? 自分自身もさっきそう言ってたじゃないかって?

 ──確かに言いましたけど、本心からじゃないです。

 そりゃあ、多少の言動ならば、子供だからと目を瞑りますけど…。私が、ご主人様の神経を逆撫でした奴の援護なんてするわけないじゃないですか。

 何しろ、私といたしましても、初対面でご主人様のことを何も知らない奴にここまで言われる筋合いなんて無いですし。


『……』


 視線があったと言いましても、こちらの視線は白けた視線で、あちらは何が起きたのかと困惑した瞳です。

 おそらく、彼は、無視されるなどとは思わなかったのでしょう。

 私は、溜め息を吐きたいのを堪えて、彼へと向き直りました。いくら個人的に気に入らないとはいえ、相手は子供です。…まあ、一回くらいは大目に見てあげようじゃないですか。

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