ご主人様と入学式
ナーヴァスリア学園は、この国の伝統ある由緒正しき学園のうちの一校だ。一見すると王城のような形をしているが、それにしては質素な印象を与える。
白壁の王城とは違い煉瓦造りの外壁だというのも、そんな印象を与える一つの要因になっているようだ。
普通ならば、貴族たちはこんな学園など見向きもしないだろう。いくら歴史ある学園だとしても、貴族たちは絶対に、自らここに入学しようだなんて思うはずがない。貴族とは大体、豪華絢爛で派手な造りのものを好むからだ。どう頑張っても、この城もどきがそうだとは見えない。
けれども、実際は、この学園は貴族たちにとても人気がある。
考えられる理由は2つ。
このナーヴァスリア学園が言わずもがなの名門校であり、貴族たちにとっては‘入学する事自体’が大きなステータスになるためと、この学園の卒業生に著名人が多いためだ。
貴族にとって、人脈はまさに宝だ。この学園の卒業生だというだけである程度の繋がりは保てるし、そのパイプで繋がっている者たちはほとんどが権力者だから、その点でも得をすることができる。
それに、この学園には王族も大勢通っているから、玉の輿を狙うのにもうってつけなのだ。やむを得ない理由──長期留学をしているとか、病弱すぎて外に出ることすらまかりならないとか──を持つ者は抜かして、歴代の王族は全員この学園の出身者だというのだから、恐れ入る。
そんな事を考えながら、広い廊下を進む。
ちなみに、地図から顔を上げた時にチラリと視界に入った両側の壁には、有名な画家の絵画が飾られていた。
「シェーラ、こっちだって」
足元の狼に声をかけると、彼女はこちらを見上げて、うんっと頷いた。──…彼女はどうやら、人間の言葉を理解しているらしい。まあ、魔力量と頭脳が比例することを考えれば当然なのかもしれないが。
そんなことをつらつらと考えつつ、歩を進める。
「(…そういえば、さっき上級生たちが声をかけてきたな)」
声をかけてきた者たちは悉ことごとく撃退したから、もう誰も声をかけては来ないだろうけれど。
「(……まぁ、でも、普通の新入生なら地図は読めないだろうけど)」
なぜなら、地図の読み方を習うのは学園に入学してからだからだ。
地図の読み取りだなんてものは、貴族にとっては一生使わないに等しい知識だ。
だから、本当は習わなくてもいいものなのだが、この学園では一般教養として習わされる。おそらくは、一般階級の生徒への配慮なのだろうけれど。
ちなみに、この学園出身ではない貴族の中には、そういう『一般常識』が抜けている者がいる。…いざとなれば、周りにいる執事や従者などといったお付きの人がどうにかしてくれるだろうから、不便はしないのだろうけど。
僕は地図が読めるけれど、これは貴族の中では例外だ。
理由は、暇つぶしとして地図の読み方の勉強をしていたり、地理的な書物を読み漁っていたから。その分、ダンスなどといった、体を動かす方の教養は無いに等しいが。
──それにしても、こちらをチラチラ見てくる奴らの視線が鬱陶しい。視線が合うと目をそらすくせに、向けてくる視線の数は一向に減らない。この視線、シェーラを対象としたものが半数で、残りは僕に対するものだ。ほとんどが女子生徒で、たまに男子もいる。
僕に寄ってくる輩は皆、僕の容姿か家柄目当てだ。そんなの、相手の顔を見れば一発で分かる。媚びを売られるのも煽おだてられるのも不愉快極まりなかったので、取り付く島もないくらいに拒否してやった。
やり過ぎだとは思わない。シェーラとの時間を邪魔する方が悪い。
あとの半数は、先ほども言ったようにシェーラを標的としている。たしかにシェーラはこの世で一番可愛いし美人さんだから、男女問わずに虜になるのも分かるけど、それとこれとは話が別だ。
僕が、僕以外の奴がシェーラに触れるのを許すと、本気で思ってるのだろうか?そんなのあるわけ無いじゃないか。
……まあ、シェーラからの頼みなのであれば、極力聞くようにしようとは思うけど。
「ここかな?」
地図に示された場所に着いたようなので、本当に目的の場所なのか確認するために顔を上げた。
そうして辺りを見回すと、すでに新入生たちはいくつもの大小グループに別れていて、互いに楽しそうに話している。
それらを無感動な瞳で一瞥したアレンは、足下にて大人しくしている己の遣い魔を、そっと窺い見た。その瞳に映ったのは、そわそわと落ち着かない様子で辺りに視線を配るシェーラの姿。
アレンの口許に、思わずといった笑みが浮かぶ。
周りには遣い魔もたくさんいるから(この学園の生徒ならば一人一体いるのが普通だ)、そちらが気になるのだろう。
何せ、彼女がそれらに出会ったのは、今日が初めてなのだから。
「シェーラ。他の遣い魔のところに行ってきても良いよ」
うんっ?と首を傾げてくる彼女。
それを見たアレンは一瞬言葉を詰まらせた後に、その可愛さにまけて思わずくらっとよろけた。
「きゅ、きゅうっ」
「……。あぁ、大丈夫だよ。シェーラ」
突然の主の体調不良に目を見開いて心配そうな様子で嘶いてくるシェーラに、アレンは何でもないよと笑った。
実際に、体の調子が悪いわけではないのだ。……ただ、シェーラの可愛い不意打ち攻撃にやられただけで。
「(…それにしても、シェーラへの視線が多いな…。見るんじゃない。減るだろうが)」
もしシェーラがその心を聞いていたら、『減りませんよ! そんなんで減るわけ無いでしょう。ご主人様何言ってるんですか!?』と叫んだだろうが──それはさておき。
どうしたものかと思考を巡らせたアレンは、直ぐに、ある案を思い付いた。
それを実行するために、足元でうろうろしているシェーラを抱き抱える。
「きゅ?」
「ごめん、やっぱり肩に乗ってくれるかな? シェーラ」
そうお願いをすると、シェーラは快く承諾してくれた。
初めての肩乗りだったので少々不安もあったが、なんとか彼女の落ち着ける体勢が見つかったようで良かった。
その位置が、ちょうど上着のフードのついているあたりだったので、それとなくそのフードで不躾な視線から彼女を隠すことにも成功できた。
「(よし! これで、シェーラを不埒な視線から守れるだろう)」
──彼は知らなかった。
「ほら、あそこにいる、すっごくかっこいい男の子の肩を見てみてよ!」
「わぁあ、可愛いねっ」
「サリー童話の、王子様と天の遣いみたいだね~」
「確かに! ……あぁ、あの子に触ってみたいなぁ…」
それが、まったくもって逆の効果を生み出していたことに。
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