その日、天使を見た

リリィ有栖川

入学式

 チカはその日、翼を見た。


 高校の入学式は退屈で、体育館に射す暖かな光が眠気を誘う。隠すことなくあくびをして、早く終わらないかなと、ぼんやり窓の外を眺めていた。

 だがその視線は、凛とした声に導かれた。


 映ったのは、光に照らされ輝く何か。


 眠気が何処かへ飛ばされた。舞台に天使が舞い降りていた。


 色素の薄い髪、ブラウンの瞳、華奢な体に、全てを覆い隠せるほど大きい、透明な翼。


 瞬きも忘れて見つめた。数分見つめていたが、チカには数秒に感じられた。


 翼が一度羽ばたいて、翼の持ち主の女生徒がこちらに振り向いた。いくつか透明な羽が舞って、光に溶けるように消えていった。


 彼女が舞台から降りてくる。彼女の翼は他の誰にも見えていない。窮屈そうにたたまれた翼は、それでも他人に当たるけれど、幽霊みたいにすり抜けていく。


 だが、チカにはどうでもよかった。


 クラスメイトに教室に戻ることを促され、やっと我に返ると、急激に動き出した脳は、翼を中心にいろんな言葉や映像が渦を巻き、教室にたどり着いて、席に座った瞬間に、答えが出る。


「絵、描かなくちゃ」


 誰にも聞こえない呟きは、チカの高校生活を全て費やす宣言だった。

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