第5話 退屈しないって素晴らしいね
「あーはっはっはっふっ…はっ!ひいっ!…グハッ!あはっ!あはははは!」
雪見さんをアパートまで送り、王子様のように別れてから車の中で僕は見たこともないほど大口で笑った。
こんなことはなかった。こんなに面白いことは!
なんてことだ!この僕がこんなに楽しいと感じるなんて!
彼女を選んで正解だったのだ!
鳴島も驚いていた。
「坊っちゃまがこんなに愉快なのは初めて見ました…」
産まれてから鳴島はずっと僕の側にいたけど僕が大口開けて笑うとこなんか一度だってなかったのだ。
「ヤバイよ!鳴島!ヤバイ!雪見さんは運命の人かもしれない!この僕を退屈させなかった!」
「は、はあ…」
「ああ、どうしよう?これが恋というものなのかな?ワクワクとドキドキが止まらないよ!」
「たぶん違うのでは…いや、坊っちゃまは特殊なのでもしやそうなのかもしれません」
「やっぱり?そうだよね?僕は恋なんてしたことがない!
恋というのは周りがアホみたいにしているのを見てきたけど!
どうしよう、僕もアホになるのかな?で、でもっぶふっ!楽しい!ヤバイ!
ああ、バイト辞めようか?…いやそれはでもつまらなくなるか…
彼女に戦闘員じゃなくなった、ただのクソサイコ金持ちと思われてしまう!」
「クソサイコ金持ちとはもう既に思われております、坊っちゃま!」
そりゃそうだよね、自他共に認める。
するとそこでスマホ音がする。
「あっ、お疲れ様!主将は上手くやってくれたか。うん、催眠もかけた?
じゃ、今日のことは忘れてるでしょうね。単純だから主将。
…え?幹部会?これから?えーっ…めんどくさいなぁ…。折角良い気分だったのに…。…解った。出るよう…」
と電話を切った。
ふうっと溜息。
また退屈が始まるのか。
「坊っちゃま…彼女が本当にあなたの正体を知ったらもう解放して差し上げてください。
あなたは…悪の組織の総帥でしょう?」
「…バレなければいい。僕はただのバイトの戦闘員Eだよ?」
鳴島は眉を潜めたが僕は気にしない。
*
重厚な扉が開くとゾロリと整列して怪しいコスプレ集団かと思う奴らが頭を一斉に下げた。
かくいう自分も怪しいコスプレしてるんだけどね。
変な仮面つけて素顔を隠し骸骨のデコレーションが激しい椅子に座る。
「はい、本日の反省会どうぞ」
気怠く僕は報告を待つ。これも飽きてきたな。
幹部の一人がガタガタ震えながら
「ヒーロー達が合体ロボで新しい必殺技を出してきまして…我が軍の基地が一つ破壊されました」
「合体ロボ…毎回毎回合体すんの好きな連中だよね。気持ち悪いわ。やらしいわ」
まぁそういう意味の合体ではないんだろうけど。
「も、申し訳ありません!次こそはあいつらに一泡吹かせるべく!このリュベールが命をかけて!」
「ストップ!それ死亡フラグだから言うのやめなよ?
それ言って死んだ奴何人いると思ってんの?しかも大概自爆オチでヒーローは生きてるし無駄死にだろう?学習しろよ!」
幹部の汗が止まらない。
「総帥!我が軍は何故ヒーローに遅れを取るのでしょう!正義とはそんなに強いものなのでしょうか?」
「は?知らんよそんなの。正義が強いなら悪は弱いのか?そんなんだから負けるんだよ!」
「やはりピンクを誘拐しましょう!唯一女だし!」
「女だからって舐められて前にも一回失敗してるじゃん!」
前にピンクを誘拐したら発信機が着いてるのをこの部下共が見過ごしたのだ。
女性の身体に触るのはセクハラだとかピンクが騒いで。
そしてピンクの彼氏のブラックが単身で乗り込み窮地をヒーローらしく救い二人の愛の合体技でまんまとやられると言うアホさに僕は萎えたものだ。
「同じことしてもダメだと思うよ?ヒーロー達の科学室とか爆破しろよ。
まぁあいつらも何個か研究所隠し持ってるだろうから一つやったところで大した痛手にはならないがあいつら運だけは凄いから。もう運を味方にしてるから」
「我々には運はつかないのでしょうか?悪いことしてるから?」
幹部が弱々しく嘆くので僕はそいつの前に行き顔面を殴りつけた。
「ぐあっっ!痛っ!」
そりゃ痛いだろうよ。
「だからぁ…正義に押されてるのはお前等が負ける気持ちでいるからでしょ?
後、ヒーローもさぁ、こないだ変身前の奴見かけたけど正義ぶってるけどファンの子と浮気してたの見かけたよ…」
「えっ!?ヒーローが?最低だな!総帥なぜその隙に倒さなかったのです?」
「僕の正体バレるじゃん、無駄な接触なんかするかよ、お前等じゃないんだから!情報集めの方がよほどいいよ」
「じゃあマスコミにたれ込んでおきますよ!ヒーローのイメージダウンに繋げましょう!」
「好きにしな、SNSで拡散して鬱に追い込め。
でもしばらくしたら仲間たちに励まされとんでもない復活してくるだろうけど復活前に叩け!」
「はい!総帥!とりあえず偽垢たくさん作ります!」
と敬礼する。
「ああ、そうだ忘れてた。今日死んだ怪人の家族に香典と悔みを送っといて?」
「おお!総帥!なんとお優しい!怪人らクマーはリラックスしながら精一杯戦っておりました!
ほんとに、我々の間ではゆるキャラとして癒しだったのに!ヒーローの奴等容赦なく殺しやがって!」
リラックスして精一杯戦って死んだのか。ふーん。くだらん。
「んじゃ、今日はもう解散!お疲れ様!明日からまた頑張ろうねー!」
「はっ!ラキュラス総帥に敬礼!!」
と全員畏る。
「あ、後一つ…」
「はっ!何でしょうか?」
「僕、彼女できたから彼女とのデート中電話してこないでね?」
「えっ!!!???」
ザワザワとしながら僕は会場を出て行く。
はぁーっ。つまらん集会だ。
着替えて高級車に乗り込むと彼女が座っていた場所を見つめた。
また思い出し笑いが出そうになり何とか抑える。
「もっと彼女を喜ばせてみたいなぁ…」
ボソリと言うと
「坊っちゃま…過度なことは引かれますぞ?」
と鳴島に言われ
「解ってるよ…」
と溜息をついた。
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