第10話

 ✿―✿―✿



 翌日。「カランカラン」と、幽霊喫茶のドアベルが店内に鳴り響いた。

 お店に入って来たお客は、立花祐希の彼氏である斎藤美琴だった。



「こんにちは、深海さん」

「こんにちは」

「よぉ」



 既にお店のカウンターにいる透とカップを布巾で磨いているアリサは、お店に入ってきた美琴に挨拶を返す。美琴はカウンター席まで歩くと透とアリサに深く頭を下げた。



「あの、先日は有り難うございました! その……祐希がいなくなった事実にまだ落ち着かないですけど、昨日会えて少しだけ楽になりました。これからは、祐希の分まで頑張って生きるつもりです。.....じゃないと祐希に怒られますし」



 美琴は頬を掻きながら苦笑する。アリサや透から見ても、初めて会った時の暗くて辛そうな表情や雰囲気はもうどこにも無い。アリサも透も、そんな美琴の様子にフッと笑みをこぼした。

 すると、美琴が思い出したかのように「あ、そうだ」と言って〝ある物〟をアリサに手渡した。



「これお礼です。後、こちらが依頼の報酬です。本当にこれで良かったのか不安なんですけど……」

「はい、確かに受け取りました。有り難うございます」


 美琴から二つの神袋を受け取り微笑むアリサ。

 美琴はアリサの微笑みに少し照れ慌てて目線を逸らすが、美琴はふと思い出しアリサにある事を尋ねた。



「あの……どうしてあの時、祐希は珈琲を飲めたんですか? 俺は祐希に触れることも出来なかったのに。実は、ずっとそれが気になっていたんです」



 その質問にアリサは「ふふっ」と笑う。



「このお店は特別なんです。なので、他の幽霊の皆さんもこのお店の中では飲食が可能になっているんです」



 そう言うとアリサは人差し指を口元に当て「なぜ、幽霊が飲食可能なのかは……企業秘密ということで♪」と、ウインクしながら言った。

 美琴はアリサのウインクにドキッと胸が鳴ると、また目を逸らした。



「そ、そうなんですか。初めて入ってきた時、なんか独特な雰囲気だなぁとは思いましたけど……まさか、そんなことが出来るお店だったなんて」

「ふふっ。ところで、今日は何かご注文なされますか?」



 アリサの質問に美琴は首を横に振り「いいえ」と、答える。



「今日はこれから、友達に彼女の事を話すつもりなんです。実は、祐希とは友達には内緒で付き合っていたんで……。しかも、お互い告白とか全然してなくて雰囲気で付き合ったというか……」

「あら、そうですか」



 自分の首元を触り苦笑する美琴と驚くアリサ。

 美琴はそんなアリサを見て「だから、最後にきちんと自分の想いを伝えたいと思ったんです。それが俺の言いたいこと……叶えたいことだったんです」と、言った。

 美琴はアリサにそう言うと、今度は照れくさそうにしながら年相応の少年らしい笑顔で笑う。アリサも透も、美琴の笑顔に釣られて口元が微かに上がっていた。

 すると、美琴の上着のポケットから携帯の着信音が鳴り始めた。美琴はポケットから携帯を取り出す。



「やべっ! もう、こんな時間!? あっ、あの、俺はこれで失礼します。本当に有り難うございました!」



 そう言うと「カランカラン」と、ドアベルを鳴らし慌ててお店を出て行った美琴。

 美琴が去ってしまった今、お店にいるのはアリサと透だけ。店内にはクラシックのBGMが静かに流れている。透はそのBGMを聞きながらアイス珈琲を飲むと、カウンターテーブルに頬杖をついた。



「最近の若いもんは雰囲気で付き合ってるのか? 何だかなぁ〜」



 透が話していると「ガサガサ、ガサガサ」と、何かを漁っているような音が聞こえてくるが、それでも透は話を続けた。



「告白もしないでお互い付き合うって……。いや、マジで最近の若い子スゲーわ」

「ガサガサ、ガサガサ」



 変わらずガサガサと音がするのに、さすがの透も顔を上げ「って、おい。聞いてるのか? アリサ」と、言いながらカウンターの奥を見る。アリサは仕事を放棄し、透明なカップに入っているプリンを袋から取り出し大事そうに両掌に乗せ、少女のようなキラキラとした目でプリンを眺めていた。



「は、はわわぁ〜。こ、こここれが、あのプリン・ド・オールのプリン!!」



 どうやら透の話しは全くこれっぽっちも聞いていないようだ。透は唖然とした様子でアリサを見ている。アリサはそんな透の様子すら視界に入っていなかった。



「はわぁ~、食べるのが勿体無い〜。あぁ……でも……食べちゃいたいから食べちゃお〜♪ ふんふふ〜ん♪」



 アリサはルンルン気分で鼻歌を歌いながらスプーンを取り出し、プリンの蓋を開ける。蓋を開けると甘い匂いがアリサの鼻腔をくすぐった。

 それでもアリサはクンクンとプリンの甘い匂いを嗅ぐ。



「ん〜、素敵な香り〜ぃ♪ いただきま〜す♪」



 銀の小さなスプーンでプリンを掬うアリサ。スプーンの上に乗ったプリンはプルプルとゼリーのように微かに揺れていた。

 アリサは口を開き、パクッ!と子供のようにプリンを食べる。



「お、美味しい〜っ! はわわぁ〜、幸せやぁ〜。幸せ過ぎて死んでもええ〜」



 アリサの喋り方が突然関西弁へも変わり、アリサのその様子を透は呆れた目で見ていた。



「出たよ。テンションが高い時に出る関西弁……」

「はむっ! もぐもぐ……はむ! むふふふ~ぅ♪」

「で、今回の報酬はプリンか? あのよぉ、金ぐらい貰えよな。この店マジで潰れるぞ?」

「おみんみゃいふむんめふ」

「食い終わってから言えっ! 食い終わってから!」



 アリサは、ムッとした表情で頬張っているプリンを飲み込んだ。



「ご心配無用です。ここの管理人さんが、よくお店に来て下さいますし。他にも祖父の知り合いがバックアップをしてくれているので」

「相変わらずお前の祖父さんは謎が多い人間だなぁ」

「私には普通ですけどね」



 そう言い終えると、アリサはまたプリンを掬い「ん~、美味しい♪」と、言いながら食べ始めた。

 すると突然、幸せそうに食べていたアリサの表情が何かを思い出したかのようにハッとなった。



「そう言えば、神崎さんの報酬貰ってません!」

「え? あ〜…………」



 アリサのその言葉に、透はアリサからゆっくりと目を逸らし壁に掛けてある古い時計を見ると、勢いよく椅子から立ち上がった。



「あー! やっべ! 俺、そろそろ行かないと! じゃ、お金はここに置いてくから!」

「あーーー!!」



 ――カランカラン。



 動物並の素早い動きでお店を出て行く透。アリサは、手にプリンを持っているため引き止めることすら出来ないでいた。

 プリンを片手に持ち、もう片方の手にはスプーンを持っているアリサ。アリサはスプーンを持っている方の手をギュッと握りしめ、鋭い目付きでドアを睨み「に、逃げたなぁ〜っ!! 二度と来るな! アホー!!」と、既に居ない透に向かって叫んだのだった。



「うぅ……ウチのフェアリーケーキフェア……」



(終)

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