落ちる男

 実は、これには元となった話がある。


   ◇


 私がまだ学生だった頃、飲み会の帰り道でのことだ。

 ある先輩が、ちょっと迷惑そうな顔で言った。


「あの人、いつも楽しそうだなぁ」


 それを聞いたのは私だけだったらしく、他の人達は飲みの余韻で思い思いにはしゃいでいる。私は興味を持ち、先輩に話しかけた。


「どの人の事です?」

「あーうん、サークルの子たちの事じゃないんだ」

「……?」


 私は首を傾げた。夜遅くまで飲んでいたため、周囲に私達以外の人影はない。では、誰のことを言っているんだ? 

 そこで初めて、私は思い出す。

 ――この先輩、「霊が見える」って噂だったな。

 恐怖よりも興味の方が上回った私は、先輩に聞いた。


「あの……幽霊、の事ですか?」

「……うん」

「どこに?」


 私の問いに、先輩はすぐそばのビルを見上げた。普通のマンションだったと思う。


「この上から落ちてる、あっ今落ちた」


 私もビルを見上げた。だが私は幽霊の類を見ることが出来ないので、当然のように何も見えない。


「昔飛び降りた人でしょうか」


 努めて冷静を装い、私は言った。内心、恐怖が首をもたげ始めていた。


「そうだろうね。ここ通るたびに見かけるんだけど……」


 先輩は大きくため息をついた。


「いつも楽しそうに飛び降り続けてるんだよね、あの人」


 その言葉に、私はどういう返答をしたらいいかわからなかった。その先輩が見ているものは何なのか。ビルの屋上から飛び降りる幽霊が楽しそうだと、どうしてわかるのか。先輩は、それを見てなぜ困った顔をするのか。それを考えると、少し怖かった。


   ◇


 これが今回の話の元ネタである。概ねこの通りの会話だった筈である。これをふと思い出した自分は、この幽霊目線で一つ書けるのでは? と考えた。そしてこの作品が生まれた。


   ◇


 生きる事に楽しさを見出せなくなった男は、死んでからようやく楽しいと思えることを見つけた。何とも皮肉な物語を書いたと思う。けれど、こうも思うのだ。男が今幸せなのなら、死んでいるというのもいいのではないか、と。


   ◇


 この作品への心残りは、男が生きる事に嫌気が差したことを示す描写が弱かった事である。匿名コン〆切の一日前に書き始めた事もあり、焦りがあった。字数には余裕があっただけに、きちんと書けなかったのが残念である。


   ◇


 こんなウラ話がありました。匿名コンで♡や応援コメントをくださった皆さん、ありがとうございます。

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