俺の日常に妹が追加されるようです

Damy

第1話 妹に狂った一人っ子

 年の差一つの妹が俺にはいた。

 というよりも、らしい。

 妹は生まれて一年の歳月で息絶えてしまったため、残念ながら俺に妹の記憶は全くない。妹の存在を知ったのだって、小学六年生になって墓標に書かれた自分より遅くに生まれた朱石 比奈あかいし ひなの名前を見つけた時だった。

 あまりに不意に、心の準備も何もなくもたらされた残酷な事実に、当時の俺は訳もわからず墓標の前で号泣した。高校二年生になった今では、なぜ何も覚えていない相手のことであんなに泣けたのかはわからない。恐らく、一人っ子の俺には兄妹という存在は記憶の介在する余地なく悲しむべき出来事だったということだろう。


 そのあまりにも悲惨な出来事の後から、俺は兄妹を渇望する様になった。

 友達が妹と喧嘩したという愚痴を吐けば、嫉妬で血が滲むほど拳を握り、妹の登場するアニメやライトノベル、文学小説も読み漁った。

 とにかく妹に飢えていた。

 ……変態みたいな発言だが、全世界の一人っ子が言う兄妹が欲しい発言と特に遜色はない……と俺は思う。


 ×××


 小学六年からの五年間、俺は小遣いやバイト代、生活のほとんどの時間を妹に捧げてきた。

 そんな俺が夜中に真剣な顔をした両親に呼び出された時、何を考えたと皆なら思う?

 妹ロストで妹狂いになった息子を見ていられず、夜に父さん母さんは頑張ったんだぞ、的な報告?

 違う。両親のそんな生々しい報告聞きたくない。

 明日から高二なのだから妹から卒業しなさい?

 違う。たとえそう言われても断固拒否する。


 答えは、特に何も感がなかった、だ。

問題になってないじゃないか! という野次は一切受け入れないのでよろしく。

 学校での成績はいい方だったし、何か大きな問題を起こした覚えもない。両親の仲も良かったし、何の変哲も無い我が家には急に大きな問題が降りかかることはない。

 呼び出されたリビングにのうのうと顔を出し、無防備な状態で俺は両親の前に座した。

 普段は優しく緩い雰囲気を纏う父さんが力のこもった面持ちで切り出す。



「お前の妹は生きていたんだ」



 またも不意に、心の準備をしていない状態で齎された衝撃的な報告に、俺はまるで心を穿たれた様に何も反応することができなかった。

 固まる俺をよそに、父さんは話を進めていく。


「実は二ヶ月前からこのことはわかっていたんだ。お前に教えていなかった理由はいくつかあるが、まあ、大きな理由はかなでの意思確認のためだ。うちに来るのか、それとも今の家にとどまるのか。結局、かなではうちに来ると決断し、あちらの家もそれを快諾してくれた。確実にうちに来ると言うことが決まるまでお前に教えるのは酷だろうと思ってな」


 動揺から父さんの話はほとんど聞くことができなかった。

 しかし、一つの疑問が半ば無意識に口から零れる。


「生き、てた……? 比奈は一度目の誕生日を迎える前に死んだって……」

「病院の方で赤ん坊の取り違えがあったんだ」


 そんなありえない話に俺は確信した。

ああ、これは夢だ、と。

 日々、妹のことを考えすぎるあまり、こんなにも物悲しい夢を俺は見てしまったのだ。取り違えなんて昔ならともかく現代で起こるわけがない。


 ……ちくしょう。何たで俺はこんな夢を。


 ジンワリと目尻に涙が溜まっていくのがわかった。決壊寸前のそれを拭わずに立ち上がると、俺は階段を使って自室へと戻った。たとえ夢であっても、自分の親にこんな情けない涙を見られたくない。家の構造まで再現してある夢がリアリティを突きつけてくるのが恨めしい。


「うぐっ……ふっ、ああぁ……」


 滲む視界に枕を押し付け、静かに嗚咽おえつを漏らす。

 胸にある疼痛とうつうが杭の様に夢に意識を押し留める。対抗する様に枕にさらに強く顔をうずめ、固く目を閉じ、俺は夢の世界から逃げ出すように意識を手放した。


 ×××


──ピピピピピピッ!


 頭を突くアラームの音に眉をひそめて身体を起こす。

 気だるさを纏う腕を伸ばして、やかましい音の元凶を叩く。朝から勤勉なアラームは嫌いだ。

 時刻は七時ちょうど。

 ぼんやりとした頭でそろそろ母さんが起こしに来るな……と思っているとドアの向こうから平時よりせわしい足音が聞こえ、


「いつまで寝てるの! ご飯もうできてるわ、よ……?」


 勢いよく扉を開くなり怒鳴りつけてくる母さんだったが、既に目を覚ましていた俺を見て語尾が弱くなる。

 毎日ギリギリまで寝ているからと今日もそうだろうと決めつけるのはやめてほしい。全国の学生の意見を代弁する視線を母さんに向けていると、母さんは何かを察したように何も言わずに部屋を出て行った。

 何か誤解されている気がする。……別に朝から元気な息子と戯れていたわけではないんだが……。

 とにかく今朝は珍しく早起きできたし、余裕を持って登校するのも悪くない。そう考えベットから降りると身支度を始めた。


 ×××


 いつも目にする住宅街も通る時間が少し違うだけで、まるで違った景観に見える。

 ゴミ差しに出るエプロン姿の主婦、家から発進する車、仲睦まじく登校するカップル、ヘッドホンをしてゆっくりと歩く男子生徒。

 遅刻ギリギリにいつも登校している俺には見慣れない光景を眺めていると、後ろから肩を強く叩かれた。


「よ、久しぶり」

「いって……おお、彩斗さいとじゃねえか」


 ヒリヒリと痛む肩を感じながら、俺は終業式以来に会った石澤 彩斗の肩を殴り返す。殴られた彩斗は「ウェーイ」などと楽しそうに笑い、何故か殴った俺の方がダメージを受けた。痛い。

 彩斗は一年の頃に同じクラスで仲良くなった友人だ。高身長、短髪、快活なイケメン、一年の時からバスケ部レギュラーとして活躍。

 そんな青春の主役という言葉がよく似合う男が、陽キャとあまり関わらない陰キャという微妙な立ち位置の俺と仲がいいのには特に理由はない。たまたま入学して最初の座席が前後だったというだけ。


「今日はえらく早いじゃねぇか。遅刻のデッドラインギリギリを攻める男」

「なんだよ、それ……」

「去年、密かに呼べれていたお前のあだ名」


 なんだよ、それ……俺知らないんですけど? てか、それを知ってるなら彩斗テメェ止めろよ俺たち友達だろ……え、そう思ってたのって俺だけ?

 内心傷ついていると、彩斗が堪え切れないという様子で笑い始めた。近くを歩いていた人がこちらに振り向き迷惑そうに目をすがめる。慌てて静止させる為に彩斗の背を叩いた。痛い。


「悪い悪い、冗談だって。そんな顔するなよ。あー、でも遅刻ギリだったのと、授業中によく腹がなってたのは悪目立ちしてたけどな」

「え……それも冗談だろ」

「いやホント。今日はちゃんと朝飯食ってきたのか? 始業式中になったら注目の的だぞ」

「まじか、誰も気づいてないと思ってたのに……今日はちゃんと食べてきたから問題ないだろうけど」


 そう答えると、今朝の食事風景が頭をよぎった。

 朝早くにリビングに降りただけで驚いた父さん。食事中も何だか居心地の悪い雰囲気が流れていて、俺が食卓中央にあった塩に手を伸ばそうとしただけで両親の肩がビクッと跳ねる始末だ。

 そういえば、父さんが仕事に行く前「……その、悪かったな、遅れて」と言っていたのは何だったのだろうか。何か謝られるようなことはなかったはずなのだが。……まさか、母さんが朝誤解していたであろう息子との戯れの事か……? 父さんの謝罪は「……その、悪かったな(息子の性の目覚めに気づくのが)遅れて」という意味だった……いや、それはないか。

 思考の隅に違和感を浮かべたまま、俺と彩斗は学校へと向かった。

 たまには友達と登校するというのも悪くない。

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