436 イケメンどもを見た途端、どきどきしたらどうしよう


 姉貴とシノさんの話を盗み聞きしてしまった翌日の放課後。


 俺は、不安におののきながら生徒会室に向かっていた。


 昨日は家に帰ってから、聞いた話が夢だったらいいのにと何度となく願った。


 いくらハルシエルに転生したからと言って、イケメンどもにときめいてハーレムルートに入るなんて、悪夢以外の何物でもない。


 昨日はああ決意したけれど、隠されていた真実を知って、イケメンどもを見た途端、どきどきしたらどうしようかと。


 けれど。


 四階へと上がる階段に足をかけたところで、少し先をいく華奢きゃしゃな後ろ姿を見た途端、俺は感動の声を上げていた。


「イゼリア嬢……っ!」


「あら、オルレーヌさん、ごきげんよう」


 俺の声に長い黒髪を揺らして優雅に振り返ったイゼリア嬢の麗しい面輪が、ふといぶかしげにしかめられる。


「……どうかなさいましたの?」


「え……?」


 その声に、俺は自分がいつの間にか涙を浮かべていたことに気づく。


「す、すみません……っ!」


 あわててごしごしと手の甲で涙をぬぐう。


「イゼリア嬢が今日もあまりに麗しくて、ついつい感動の涙が……っ!」


 心の中に渦巻いていた不安は、イゼリア嬢のお姿を見た瞬間に消し飛んだ。


 やっぱり、俺の推しはたったひとり、イゼリア嬢だけです……っ!


 イゼリア嬢にこれほど心酔している俺が、ハルシエルとしてのヒロイン力に目覚めて、イゼリア嬢を哀しませるなんて、そんなことをするハズがねぇ……っ!


 たとえ外見がハルシエルでも、多少イケメンどもにどきどきすることがあったとしても、俺は俺!


 中身はまぎれもなく藤川晴だっ!


「変な方ね」


 俺の返事に、イゼリア嬢が呆れたように小さく笑う。


 けれど、その笑みは出会った当初の冷ややかで敵意に満ちた表情からは想像もつかないほど優しくて……。


 友人に接するような慈愛に満ちていて。


 うぅぅ……っ! 俺がこれまで積み上げてきたイゼリア嬢の時間が、確かにここにあるってことですよね……っ!?


 嬉しすぎます……っ! やっぱり俺、一生イゼリア嬢についていきますっ!


「さあ、生徒会室にまいりましょう。今日も飾りつけのことについて打ち合わせするのですもの。遅れては皆様に申し訳ありませんわ」


「はいっ! 一緒にまいりましょう!」


 きびすを返したイゼリア嬢を追いかけ、あわてて階段を駆け上がる。


 俺が上がるのを待ってくださるなんて……っ! やっぱりイゼリア嬢はお優しいですっ!


 これは着実に俺への好感度が上がってる証拠ですよねっ!?


 いそいそとイゼリア嬢のお隣に並んだところで。


「おや。ちょうど会えたね。きみ達も生徒会室に行くところだろう?」


 階段の下から聞こえてきたのは、リオンハルトの声だ。


「リオンハルト様! ごきげんよう。ええ、おっしゃるとおりですの。リオンハルト様も一緒にまいりましょう」


 ぱぁぁっ、と花ひらくような笑みを見せたイゼリア嬢がはずんだ声でリオンハルトに応じる。

 くぅぅっ! まぶしい……っ! イゼリア嬢のお美しさに目がくらんで、尊さで気絶しちゃいそうです……っ!


 俺がイゼリア嬢の笑顔に感動している間に、リオンハルトが軽やかな身のこなしで階段を上がってくる。


 と、俺に目を向けたリオンハルトの端麗な面輪にいぶかしげな表情が浮かんだ。


「ハルシエル嬢。何かあったのかい? 目元が赤いようだけれど……?」


「へ……っ!?」


 おいっ! そこでなんで俺に話しかけてくるんだよっ!


 俺に気遣うよりも先に言うことがあるだろっ!


『イゼリア嬢、今日もとっても麗しいね』とか、『今日もきみに会えて喜びが抑えきれないよ』とか……っ!


 俺にかまう暇があったら、イゼリア嬢との仲をもっと深めやがれ――っ!


 っていうか、顔を覗き込んでくるなっ! 近いんだよっ、顔が!


「こ、これはイゼリア嬢のお美しさに感動して目が潤んだだけですっ! リオンハルト先輩も、最近のイゼリア嬢はますますお美しさに磨きがかかったと思いませんかっ!?」


 ええいっ! 気づかない節穴の目なら、俺が嫌でも気づかせてやるぜっ!


 気合を込めてリオンハルトを見つめて告げると、碧い瞳が驚いたようにまばたきした。


「あ、ああ……。確かに、きみの言うとおりかもしれないね」


「『かもしれない』じゃなくて、そのとおりですよっ!」


 イゼリア嬢のこのお美しさに見惚れないなんて、お前の目は節穴かっ!


 リオンハルトがエスコートすると決まってからのイゼリア嬢の輝きっぷりときたら……っ!


 太陽よりもまばゆくて、直視できないくらいだぜっ! いやっ、目がくらもうとも見つめ続けるけどっ!


 いつもさらっさらな黒髪がさらにつやを増した気がするし、お肌だって白磁のようにお綺麗だし……っ!


 きっと、リオンハルトのパートナーとしてふさわしくあるように、おうちで念入りにお手入れをなさっているに違いないっ!


 それともあれかっ!? これが恋する乙女の魔法ってヤツかっ!?


 何にしろ、お美しいイゼリア嬢を拝見できるのはこのうえない眼福っ!


 それがリオンハルトのおかげだというんなら、イゼリア嬢のお幸せと俺の幸福のために、いくらでもアピールしてやる!


 ……やりすぎたらよくないって、ピエラッテ先輩に注意されてるから、ほどほどにしておくけど……。


 でも、これだけは知りたいっ!


「イゼリア嬢はシャンプーとか石鹸とか、コロンとか、どんなものを使ってらっしゃるんですかっ!?」


 ずずいっ! と身を乗り出して尋ねると、イゼリア嬢が戸惑ったように眉根を寄せた。


 と、呆れたように吐息する。


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