第5話 比呂貴、激高する
翌朝。午前十時ほど。
比呂貴、レイム、ビジーはダンの宿で朝食を済ませて、そしてファテマとアイリスの帰りを待っていた。
「うーん。遅い。何してるんだろう。」
比呂貴はロビーのテーブルを指でトントンしながら呟いた。明らかに不機嫌だ。
「まあまあ、落ち着きなさいよ。ロキ。」
「そんな落ち着いていられないよ。ファテマさんだったら簡単なお仕事なのにこんなに時間が掛かるなんて。なんかトラブルになってなければいいんだけど………。」
「あのう。ごめんなさい!」
ビジーが突然叫ぶようにして謝ってきた。
「えっ? どうしたの?」
レイムがびっくりして『ひゃん』となっていたがビジーに質問をした。それにビジーが答える。
「実は仕事の依頼というのは嘘なんです。実はモンルード公爵に命令されて来たんです。」
ガシャン!
比呂貴は突然立ち上がり、椅子は後ろに倒され、ティーカップも床に落ちて割れてしまった。そして、
「おまえ、あのブタ野郎の手先なのか!?」
そう言いながらビジーの胸倉を掴んでそのまま宙に浮かばせた。服も一部破れてしまっている。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい!」
ビジーはそう言いながら腕で頭を庇っていた。
「ちょっとロキ! マジで落ち着きなさいって。こんな子が公爵の手先のはずじゃないでしょう。間違いなく脅され辱めを受けている子よ。それくらい察しなさいよ!」
レイムはそう言って比呂貴からビジーを引き離して抱えた。
そしてレイムの言う通り、破れた服の隙間からは縄で縛られた跡のようなものやアザも見えた。ちゃんとした衣装はこれらを隠すための役割もあったようである。
「いや、申し訳ない。ファテマのことなのでつい頭がカッとなってしまった。」
そう言いながら比呂貴は頭を下げた。
「いえいえいえ、こちらこそ本当にごめんなさい。でも騙したことは事実です。本当にごめんなさい。」
ビジーはとても怯えた感じでさらに謝った。この怯えようは普段から相当な虐待を受けている表れなのかもしれない。
「で、他になにか隠していることは無いのか?」
比呂貴はビジーに尋ねる。
「いえ、私はノーリミットにある薬草を取ってくる依頼をファテマさんとアイリスさんにして、次の日になったら公爵からの指示だったことをロキさんに告げることしか言われてません。」
「え? 騙してたことをオレに告げることも言われていたの?」
比呂貴は不思議そうに質問する。
「えっ!? あの。はい。そうです………。」
ビジーはなぜか申し訳なさそうに答える。
「ほうほう。じゃあ、目当てはオレってことじゃん。こんな回りくどい事して………。
ってかさ、ファテマたちもそう弱くは無いはずだけどね? どうやって捉えるつもりなんだろう。」
「そ、それは分かりませんがもしかしたら………。」
ビジーが言おうとすると、レイムが割り込んできた。
「もしかしてミダマさんか?」
「あっ、ミダマさんをご存知ですか?」
ビジーは答えた。
「うわー。あの方、まだ公爵のところにいたんだ。まあ、居たからこそ公爵は公爵なんだろうけど………。」
レイムもボソッと呟く。
「え? だれ? ミダマさん?」
比呂貴は目が点になる。
「妖鬼で上級魔族よ。もうめちゃくちゃ強くって次期魔王とまで言われているわ。成体のドラゴンだって簡単に倒すことが出来ちゃうほどよ。
私がドルクマンに居た時からすでに公爵に雇われていたわね。なにやら伯爵だった時代から一緒にいてあのブタ野郎を今の公爵の地位に盤石とさせた方よ。
公爵も伯爵も後ろ盾となる強い人がいるけどミダマさんは本当に別格だわ。なんならミダマさんひとりでドルクマン王国を壊滅することもできるわね。
うーん、確かにミダマさんならファテマちゃん達でも手も足も出ないわね………。」
「なるほど。それはわかったけど、それでもファテマさんたちを連れて行く理由がわかんないだけど?
狙いはオレでしょ? 直接来ればいいのに。」
レイムの説明でもまだ納得していない比呂貴。
「えっ!? マジで言ってんの?
ロキがファテマちゃんたちにご執心なのはみんな知ってるからね。まあ、私もだけど。だから人質にして有利にことを進めようってことじゃないの?
今だってこんなに取り乱しちゃってさあ、まさしく公爵の思うツボじゃんよ!」
「!?!?
たっ、確かにめっちゃその通りじゃん! れっ、レイムさんに正論を言われてしまった!」
比呂貴は慄き(おののき)後ずさりしてしまった。
「なっ、バカにしてんのか!!!
まあ、それくらい今のロキは冷静さを失っているってことじゃん。もう、本当にしっかりしてよね!」
「うんうん。本当にありがとうレイム! レイムってば今、めっちゃ天使に見えるよ!」
「え? いや、普通に魔族だけどね。なんかこんな普通なことで褒められても嬉しくないんだけど。
っていうかさあ、私だって今、アイリスちゃんが心配でしょうがないんだからね。まったくもう。」
「だからだよ!
オレなんか、こんなになってるってのに、同じようにレイムも心配な中ですごく冷静じゃん!
だから本当に凄いなあって思ったんだよ!」
「え? ホントに? やっぱりポンコツって言わない?」
「うんうん。言わない言わない! 今日のレイムはキレッキレだよ!」
「うおおぉ。なんか素直に褒められると逆に気持ち悪いけど喜んでおくね!
ただ、やっぱり私だけの力じゃ間違いなく二人を助け出すことは出来ないから。ロキにはしっかりとして貰わないとね。ホントに頑張って貰うんだからね!」
「うん。そこは任せておけ。もうすっかり冷静になった。ミダマとはどこまでやれるかわからんけど、少なくとも公爵は絶対にぶっ潰して二人を助け出すから!」
そして比呂貴はビジーの方に向いて言う。今度は優しい雰囲気で。
「ビジー。さっきは本当にごめんね。」
「いえいえいえ、どんでもないです。こちらこそ騙してしまってごめんなさい。」
「とりあえずはファテマへの依頼については仕事なのできっちり金貨を貰っておく。
そしてお詫びと言ってはなんだけど、これから公爵をぶっ潰しに行くからその後は逃げたらいいよ。残りのお金はそのまま持ってたらいいと思うし、しばらくは生活も大丈夫でしょ?」
「えええええ?
私はロキさんたちから罰を受けてもしょうがないという立場なのに、モンルード公爵から解放して貰えるんですか?」
「うん。オレも女の子の胸倉掴んでみっともなく大声出すなんて恥ずかしい事しちゃったからね。約束するよ。」
そう言って比呂貴はウインクをしてみせた。
「ありがとうございます。ありがとうございます。本当にありがとうございます!」
ビジーは涙を浮かべて比呂貴と握手をしながらお礼を言っていた。
「へえへえ。結構いいとこあるじゃない!」
レイムもニヤニヤして比呂貴を軽く小突きながら言った。
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