第3話 怪異

盆踊り当日に警察で司法解剖した結果、山で亡くなっていた猟友会の人達の死因が判明しました。

死因は脳内出血による突然死。

首を吊ったことによる窒息死ではなかったらしいのです。

ということはつまり、全員が同じ症状で突然死した後に首を吊ったということになります。

この時点で警察は完全にお手上げ状態。

外傷なしに脳内出血を引き起こして殺害するなど前代未聞であり、そのような手法も毒物も存在しないとのことでした。


警察は被害者の過去の病歴や通院歴をくまなく調べ、遺族への聞き取りも慎重に行い、その結果、継続捜査が必要との申し送りを書類に記したものの、何を調べれば良いのか見当もつかない状態で、継続捜査の担当者すら決まっていないまま神主さんに相談に来たのでした。

死因が判明した時点で捜査員の頭の中には「これ祟りじゃね?」という思いがほぼ固まっていたようですが、かといってそんなオカルトを報告書に記載できるはずもなく、要継続という扱いにするしかなかったとのことでした。

おそらく現代の科学でも、意図的に短時間で動脈瘤等を作って破裂させるなど不可能でしょうし、当時の技術では言わずもがな、もう祟りとかにしてしまった方がいっそしっくりくるというので、そのような歴史が過去になかったかということを神主さんに尋ねた警察は、そんな歴史はないという神主さんの返答にほとほと困った様子で、なんとか力を貸して欲しいと訴えて帰っていったそうです。


一方で科学的な説明が全くできないという事実を突きつけられた神主さんと遺族は、これまた祟りとか霊障という方面で真相の究明に乗り出します。

封鎖を解かれた山に入り、まずは猟友会の人達が首を吊っていた場所で清祓いが行われました。

その後山を回りながら数年がかりで山全体を清めるという計画だったそうですが、最初の清祓いの時点からもうおかしかったといいます。


山道の首吊り現場で神主さんが清祓いの準備をしている時に、準備していたお供えの野菜を見ると腐っている。

お酒は濁り、塩は黒く変色して、大幣に至ってはズタズタに千切れている。

それでもなんとか祝詞を唱えて一応の儀式として山を降りてきた神主さんの顔は疲れ果てていました。

ご祭神の加護をものともしない穢れが山の中にある。

もしくは、いる。

その事実が明らかとなり、山に立ち入ることが再び禁じられました。

そして翌日からはさらなる怪異が町へと降りかかります。


山犬が大量に町中へと現れました。

何人もの住人が山犬に襲われ、集団下校中に襲われた小学生数名が大怪我を負う事態にまで発展しました。

同じように猿や猪も大量に町中に降りてきて農作物を荒らす。

八百屋の野菜も好き放題に盗っていく。

まるで山にいるすべての動物が町中に降りてきているようでした。

実際その通りで、山に現れたナニかを恐れた野生動物は山から逃げ出し、近隣の山へと逃れていたのです。

そして人間の町に適応できる動物は私達の町で食料を漁っていたのでした。

過去に例を見ない野生動物の大量発生は全国紙の新聞にも取り上げられ、近隣の役所からも応援が来る事態となりました。

その後数ヶ月をかけて野生動物は駆除されていくのですが、怪異はそれだけにとどまりませんでした。

より一層恐ろしい災いが次から次へと町を襲うようになっていくのです。


夏が終わりに近づき台風の季節になりました。

例年類を見ないほどの大型台風が町を直撃。

台風一過の増水した川で不用意に遊んでいた大学生の集団が全員行方不明となりました。

当時地震は起きないと言われていた九州を襲った大きな地震で、震源地に近かった私達の町は当然ながら震度が高く、台風による大雨で地盤が緩んでいたところに、最大震度5強の揺れで地滑りが発生して数件の民家が流されて何人もの住人が死亡。

さらに原因不明の高熱による死亡や不可解な首吊り自殺が相次いで発生。

盆踊りの日以降、町を襲う災いはとどまることなく猛威を振るい、九州全土や四国の神社やお寺などから神職や僧侶が派遣されて来ました。


私達の神社に集まってきた各地の神職さん達をお迎えするべく、私達は盆踊りの時にも増して応援に駆り出されていました。

近隣の宿を手配したり、集会所などの施設で寝泊まりができるように簡易の宿泊設備を整えたり、他にもお食事の準備や会合の際のお茶汲みなど、できることは無数にありましたしなんでもやらされました。

最初は私も兄も面倒だなあという気持ちで手伝っていましたが、次第に神職さん達の数が増えていくに従って、これは只事ではないという気持ちが強くなっていき、集まった険しい顔の神職さん達を前に神主さんとシズ婆さんが挨拶をしているのを目の当たりにする頃には、ここは最前線なのだという緊張感を感じ始めていました。

挨拶をする神主さんの表情は今まで以上に疲労の色が濃く、子供心に神主さんが死んでしまうのではないかと心配になりました。

皐月も叔父である神主さんの憔悴した姿にショックを受けている様子で、私達が神社での手伝いを許されていたのも、皐月を支える友人であったことが大きかったと思います。


そして昼夜を分かたぬ祈祷が始まりました。

神職さん達が3つのグループに分かれて三交代で一日中祈祷を続けるということでした。

その祈祷は数カ月にわたって続きます。

その頃には街中のお寺でお坊さんによる加持祈祷が行われ、カトリックの教会でも平日の夜に特別ミサが行われていました。

誰もが原因不明の災厄に恐れの心を催し、神仏にすがる人が増えていたのだと思います。


大掛かりな祈祷が行われるようになって、自然災害はそれきり起きませんでした。

事象としては大型台風と地震が重なっただけなので今となっては私自身、偶然の出来事だという気もしないでもないのですが、原因不明の高熱と首吊りによる死者に関してははっきりと怨霊の仕業だと考えています。

町全体が重たい空気に沈んでいました。

警察も新聞も町中の空気を公式に認めることはありませんでしたが、町の尋常でない様子に怖気付いたのか嫌気がさしたのか、多くの報道関係者は町からいなくなりました。

祈祷の効果で自然災害は止まったと考えられていたものの、件の怨霊についてはこの時まだ誰も知りませんでした。

怨霊はその存在を、人々を震え上がらせる恐怖を伴って世に表したのです。


その頃から学校や職場など町のあちこちで、あとをつけてくる影を見たなどという怪談めいた噂話が囁かれ始めました。

昼であれ夜であれ、ふと気配を感じて後ろを振り返ると街角にサッと消える影が見える。

何度振り返ってもいる。

アパートの二階の自室に帰り着くと誰かが階段を上ってくる足音が聞こえるが、いくら待っても上りきらない。

階段を見ても誰もいない。

よく晴れた日にもかかわらず、遠くで黒い傘をさしてこちらをじっと見ている人物がいる。

深夜に窓をコツコツと叩く音がする。

もちろん窓を開けても誰もいない。

そんなよくある怪談話が一斉に町中で語られ始めたのです。


そして私達の周りでも、おかしな影を見ただの、不可解な音が聞こえただのという人が増えていきました。

人から聞いた話ではない、自分が体験したんだという人から直接そういった話を聞くので、それらの怪談話は噂の域にとどまらず直接的な恐怖となって町を不安で覆い尽くしてしまいました。

そして止む事のない高熱と首吊り。

首を吊った死体はとうとう町中でも発見されるようになっていました。

深夜のレストランの駐車場で、スーパーのトイレの中で、夜勤の駐在所で、畑の脇の納屋で、場所を選ばず人も選ばず、死因も高熱だったり大動脈瘤の破裂だったり首吊りによる窒息だったり、無作為に無差別に、首を吊られた死体が町中に現れました。

私自身、大通りの交差点にある信号機に吊るされた死体を見た時には、明日は我が身かという恐怖でどうにかなりそうでした。

20人近い死者を出したこれらの事件はわずか1月ほどの間に起きた出来事であり、警察も役所も聖職者も、まるで対策らしい対策を取れずに増えていく死体の山に頭を抱えていました。


そして決定的な出来事が起こります。


その日、私達の小学校の校庭にある、国旗や校旗などを掲揚するポールの先端に吊るされた死体が発見されました。

吊るされていたのは若い男性教諭です。

夏休みは終わっており私達は普通に登校していました。

外で誰かが悲鳴をあげて、何事かと外を見た私達は愕然としました。

校舎の目の前に広がる校庭。

全校集会などで校長先生が話をする台の後ろに立っている旗を掲げるボールの先端。

最初は何か布でもかかっているのかと思いましたが、すぐにそれが人であることがわかりました。

いつからそこにあったのかわかりませんが、少なくとも最初の悲鳴が起きるまで誰も気づかないまま、私達は普通に授業の開始を待っていたのです。


すぐに警察がやってきました。

先生達は私達に校庭を見てはいけないと言いましたが、私達はその言葉に従わずに大騒ぎしていました。

男女問わずに泣き出す生徒が大勢おり、先生達もバタバタと走り回っています。

学校中がひっくり返ったようにパニックになっていました。

そして私達は見たのです。


真っ青な秋晴れの空に浮かんだ男性教諭。

ポールに吊るされたその死体が、バタバタと暴れ始めました。

吊るされているのが発見されてから大分時間が経っており、もはや生きているとは思えません。

しかしその吊るされた死体は風もないのに大きく手足を振り回しており、もしも仮に生きていて縄を解こうともがいているのだとしても到底ありえないような、意思や目的の感じられないデタラメな動き方をしていました。

まるで何かに弄ばれるように、吊られた死体が揺れているのです。


あまりの光景に警察も先生達も呆然と見上げるばかりで誰も動こうとしませんでした。

死体を下ろすためにハシゴがかけられましたが誰も登っていきません。

あんな状態の死体に近寄れる人なんていないでしょう。

どれくらい経ったのでしょうか。

神主さんがやってきました。

その間もずっと暴れ続けていた死体を見ていた私達は、もはや動揺すら忘れて放心状態でその光景を眺めていました。

全く現実感のないその光景は不思議と、よく晴れた外の景色に溶け込んでいたように思います。

死体は首の骨などとっくに折れて首が伸びきっており、まるでトカゲか何かのような、人間離れしたシルエットとなっても未だに動き続けていました。

首に食い込んだ縄が皮膚や肉をえぐり、死体から降り注いだ血が地面を真っ黒に汚していました。

神主さんも呆然と見上げるばかりでしたが、やがて我に帰ったのか、大幣を振って祝詞を唱え始めました。


しばらくそうしていましたが、やがて不意に死体が動きを止めました。

ダランとぶら下がったまま動かなくなり、祈祷が効いたのかと皆が思ったその時、重さに耐えきれなくなったのか、遺体の首が千切れて体が地面に落下しました。

そしてやや間をおいて首から上も落ちました。

誰も動きません。

地面に落ちた死体がまた動き出さないかと身構えていました。

やがて神主さんが再び祈祷を行い、それが終わってからようやく死体に近づいていきました。


警察が写真を撮った後、死体の上に青いシートが被せられました。

異常な光景が覆い隠されてようやく我に帰ったのは私達だけではなかったようで、校長先生による校内放送が行われました。

大変ショッキングな出来事があったこと。

これから家族が迎えに来てくれるので、皆動揺することなく静かに待っていること。

怖いのは当然だが神主さんが来てくれたのでもう大丈夫。

担任の先生が各教室に行くので指示に従うように。

などのことが伝えられ、校内放送が終わりました。


放送が終わってすぐ、またスピーカーからサーッという電子音が聞こえ始めました。

校長先生が伝え忘れたことでもあるのかと思いましたが、聞こえてきたのはこの世のものとは思えない恐ろしい声でした。


「うゔぅぅぅゔゔぅぅぅぅ」


「ぁぁぁぅあぁぁぁ」


「んん…ん…ん…ぅ…ん…」


「おおぉおぁぁぁ」


うめき声のような低い声がいくつも重なって聞こえてきます。

声の主は1人2人ではなくものすごく大勢の人が苦しげに唸っているようでした。


「いやあああ!!」

と女子生徒の1人が耳を塞ぎながら叫びました。

「なんなのよもおお!!」

半狂乱で泣きわめく女子生徒。

その声につられて皆が一斉に叫びだしました。

「うわあああ!」

「おいなんだよこれ…なんだよ…」

「怖いよ!怖いよおおお!!」

「先生ーー!先生ーー!!!」

「もうやめてよおおお!!」

まさに阿鼻叫喚の校内。

廊下に飛び出した生徒も大勢いるようで廊下からも鳴き声や叫び声が聞こえて来ます。

学校中がひっくり返ったような騒ぎでした。

皆恐怖で狂乱状態だったのです。

スピーカーからはまだうめき声が聞こえています。

私もあまりの恐ろしさにガタガタ震えていました。

救いを求めて校庭の神主さんに目を向けると必死に大幣を振って祈祷をしていました。


先生が教室に飛び込んで来ました。

皆大丈夫か!と怒鳴って近くにいた生徒から肩を叩いたり頭を撫でたりしています。

教室中の生徒が先生に殺到しました。

数分経った頃にはうめき声は聞こえてこなくなりましたが、うめき声が聞こえている間、先生はずっと大声で皆の名前を呼び、場違いな話をしていました。

うめき声が私達に聞こえないようにしていたのだと思います。

そうして皆が先生に頭を撫でてもらって少し落ち着きを取り戻しました。

私は神主さんを見ている方が安心できたので先生の方には行きませんでした。

「小林、大丈夫か?」

先生が私のそばにも来てくれました。

私ははいと答えて先生とひとことふたこと会話してまた校庭の神主さんを見ました。


しばらく祈祷が続いた後で、校庭に見慣れた神社の車が入って来るのが見えました。

グラウンドを突っ切って神主さんの側に停車すると運転席から神職さんが出て来て後部座席のドアを開けました。

中からは神職の装束を着たシズ婆さんが降りてきました。

その後に皐月も続いて降りてきます。

私は皐月を見た瞬間、無意識に立ち上がって駆け出していました。

小林!と先生が呼びかけてきたのが聞こえましたが振り返りませんでした。

一目散に階段を駆け下り、昇降口で靴を履き替えるのももどかしく上履きのまま校庭に飛び出しました。

目指すは皐月達のいる場所です。

そこではあの恐ろしい死体がブルーシートの下でまだ動いているかもしれないという想像が頭をよぎりましたが、それでも全力で走りました。


皐月達の元に駆け寄る私を見つけた皐月が叫びました。

「ケイちゃん!よかった!」

皐月も私の方に駆け寄ってきました。

向かい合って立ち止まり皐月の顔を見ました。

「ケイちゃん怖かったね。大丈夫?」

皐月は心配そうに言いました。

私は涙で霞んだ目で皐月の顔を懸命に見ようとして近寄りました。

皐月は手を伸ばして私を抱きしめてくれました。

ふんわりと皐月の香りに包まれた私はもう何も考えていませんでした。

格好悪くも皐月に縋り付いて大声で泣きました。


「皐月、ケイタを連れて離れてな」

シズ婆さんが硬い声で言いました。

普段聞き慣れた柔らかさとは違う声色に、私は現実に引き戻されました。

まだ事態は何も変わっていません。

皐月に会えて安心したものの、未だ死体はブルーシートの下にあり、先ほどの恐ろしい声もありありと耳に残っていました。

神主さんとシズ婆さん、それに2人の神職さんがブルーシートを囲むように立ち、警察の人に合図してブルーシートを取り除きます。

そこには落下の衝撃でありえない形に手足が曲がった血塗れの男性教諭の体と、神主さんを睨みつける男性教諭の首がありました。


地面に転がったまま神主さんを睨む生首は、血走った目をむきだしており口がぐにゃりと歪んでいました。

今ならわかりますが憤怒の顔とでもいうべき表情で神主さんを睨んでいます。

もちろん死んでいるのでその目は神主さんを見てはいないのですが、顔の位置と向き、そして目線から神主さんを睨みつけているような印象でした。

後で確認したことですが、死体が落ちてきてブルーシートがかけられる前、警察が写真を撮った時には死体の顔は普通の無表情だったということです。


神主さんがおぞましい姿の死体を前に祝詞をあげます。

シズ婆さんも神職さん達も微動だにせず祈祷を見守っていました。

やがて祈祷が終わり男性教諭の体と生首は遺体袋に入れられ救急車で運ばれていきました。

神主さんは死体に付き添って救急車に乗り込み、残ったシズ婆さんと神職さん達で学校の清祓いが行われました。

血で汚れた校庭に集合するわけにはいかないので体育館に全校生徒が集められ、壇上で祈祷をするシズ婆さんに向かってに頭を垂れました。


やがて保護者が続々と学校へ到着し体育館へ入ってきました。

親と再会した生徒達は皆が泣きながら抱きかかえられるようにして帰って行きました。

私も母と再開した時は安堵感から泣きそうになりましたが、先に皐月の胸を借りて大泣きした後だったので、なんとか涙を堪えました。

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