第12話
午前中の休み時間。
隣のハルさんが席を外してしまい、暇になった僕がスマホで料理の基本について調べていた。
すると、そんな僕を弄りに来たのかみぞれがハルさんの席に座る。
「なに調べてんの?」
みぞれは無表情でそう言う。一見、興味なさげにも聞こえるその言い方だが、内心は正反対なのを僕は理解している。
「料理について調べてる」
僕がそう言うと、みぞれの表情が僅かに動くのが見えた。
それは、彼女にとって興味の惹かれる対象が発見されたということだ。
「いきなりだね。なんでまた料理なんか」
そう言いながら、みぞれは椅子を僕の席に寄せるとスマホの画面を覗き込んでくる。
僕は、みぞれにも見えるように腕を少し下げた。
「昨日、うちの学校の生徒がスーパーで買い物しているのを見かけた。男子生徒だったんだけど、その人が肉とか野菜とか吟味しているのを見てちょっと影響された」
「ふーん」
興味なさげな反応にも感じるが、それはみぞれが僕との会話の中に含まれた情報から自分の頭の中の情報を引き出すために頭を働かせているからだ。
「その男子生徒、特長は?」
「金髪のイケメン」
みぞれが自分の口元に手を当てる。
「他には?」
僕は昨日のあの人の姿を思いうかべる。
「そう言えば、ピアスしてた」
「桂川みたいな?」
僕は、昨日のあの人とハルさんのピアスを頭の中で比べる。
昨日の人のピアスは耳たぶに一つ付いていただけだ。
一方、ハルさんの耳についているのは彼よりも多い。
気になってネットで名前を調べたけど、“インダストリアル”だとか“バーベル”だとかよくわからない。
僕は体に穴を空けるという行為は怖くて仕方ないので自分にしようとは思わない。
けど、ハルさんのそれはとても良く似合っていると思う。
「スオー? どうかした?」
余計なことを考えていた僕をみぞれの声が現実に引き戻す。
みぞれは、無表情ではあるが心配する様な声色を発しながら僕の顔を覗き込むように見上げている。
「なんでもない。ハルさんと違ってピアスは一つだけだった」
それを聞いたみぞれはしばらく黙り込むと結論を出す。
「その人、一年生じゃない」
それを聞いて僕は特に疑問を抱かない。
確かに、あの人の雰囲気と着慣れた制服は上級生のそれと言っていい。
だが、そんな事よりも僕が気にすることは別にある。
「みぞれさん。もしかしてもう一年生全員の情報が頭に入ってるの?」
僕が恐る恐るそう尋ねると、みぞれはやはりあの無表情な顔で言い放つ。
「顔と名前は覚えた」
入学して一週間。僕はまだクラスメイトすら覚えきってない。
みぞれのその趣味と言うか性癖には毎度驚かされる。
「そんな事より、本題」
みぞれは、僕のスマホの画面を指さす。
スマホには“初心者はカレー”と表示されている。
「みぞれ、なんで料理初心者にはカレーなんだ?」
僕がそう尋ねると、みぞれは淡々と答える。
「作るのが簡単。市販のカレールウのパッケージの通りに作ればいいだけだから」
「なるほど」
「あと、料理の基本的な要素も含まれる」
「というと?」
みぞれは無表情ながらも、わかりやすく丁寧に教えてくれる。
「材料には数種類の野菜。包丁の使い方を練習するのにちょうどいい。あと、具材を炒めたり煮込んだり、それも練習になる」
「たしかに」
「それに、具材は煮込むわけだから確実に火が通るのも安心。味付けも市販のルーでするわけだし、カレー味なら余程変なことをしない限りおいしくなる」
説得力のある言葉だった。
何事も、段階を踏んで上達していくものだ。
野球を始めたその日にいきなり変化球が投げられるはずはなく、まずはボールに慣れることから始めるように、料理もまずは簡単なものから始めるのが良いのだろう。
「ていうか、みぞれは料理できるの?」
どことなく実感のこもった説明を聞いてそうじゃないかと思った。
みぞれは、やはり表情はそのままで答える。
「レシピに書いてある通り作れるだけ」
「いや、そんな大したことない風に言われても困るんだけど」
僕は、まずそれすらやったことが無い身なのだ。
マニュアル通りにやって出来ましたも十分すごいと思う。
「スオーなら大丈夫」
そう言い切ったみぞれの口元は、わずかではあるが笑っているように見える。
それに、みぞれにそう言ってもらえると自身が沸いて来るようだった。
「なら、ちょっと頑張ってみるよ」
僕がそう言うと、みぞれは満足したのかハルさんの席に椅子を戻して自分の席に戻っていった。
それを見送ったあと、僕は再びスマホの画面に向き直り今日の帰り道に買う食材を確認する。
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