第4話
みぞれと途中まで帰り道を一緒に歩いた。
彼女と別れた後、僕は昼食を買うために家の近所のコンビニに立ち寄る。
軽快な音楽が店内に流れているコンビニは、昼食前と言うこともありなかなか混雑していた。
買い物かごを手に取り、足早に弁当コーナーへ進む。
一人暮らしを始めて以来、このコンビニは何度か利用していた。
なので、弁当類もそれなりの種類を食べていたが、まだ全種類を制覇したわけではない。
「今日は、違うヤツを……」
小声でつぶやきながら陳列されている弁当を物色する。
しかし、そこに残っていたのは昨日食べたばかりの豚バラ丼だけであった。
「…………」
途端にテンションが下がる。
仕方ないので隣の麺類に視線を移すが、そこに残っているのはパスタサラダだけだった。
「――――っ!」
神は死んだ、というのは本当だったようだ。
百年以上前にドイツ人がすでに理解できたことを今僕はここでようやく理解できた。
まぁ、そんな冗談を考えても聞かせる相手であるみぞれはここにはいない。
僕は諦めて豚バラ丼をカゴに入れて振り返る。
僕の後ろにあるのはパンコーナーだ。
せっかくだから明日の朝食用のパンを買おう。
本当は夕食も一緒に調達するつもりだったが、弁当類は壊滅的な被害を受けておりそれは叶わない。
一方、パンコーナーの品ぞろえは豊富だ。
僕は、お決まりの焼きそばパンを一つカゴに放り込むと、他に目ぼしいものは無いかと視線を動かす。
その中で、とあるクリームパンが視線に止まった。
これは――。
思わずそのクリームパンを手に取って商品名を確認する。
枕詞に、わざわざ“
黄金、ねぇ。
その言葉から、僕はあの長くて綺麗な
いやいや、クリームパンから連想するって失礼だろ。
そう思いつつも、僕の頭から彼女の姿が消えることも無く、手にしたクリームパンを手放すことも出来なかった。
それほど長く固まっていたとは思えないが、ようやく動き出した僕の手はそのクリームパンを買い物かごに入れていた。
――――、もう一個なんか買おう。
クリームパンを頭の中から追い出す様に僕は目の前にあったチョココロネをカゴに入れた。
クリームパンの黄金色が彼女だとすれば、チョコレートの黒は……。
一瞬、中学時代からの腐れ縁の顔が頭に浮かんだが、チョココロネから連想したと知られればどんな嫌味を言われるか分からない。
あいつの場合、興味の対象がそこにあると知れば僕の頭の中くらい平気で読めるようになる気がする。
若干の悪寒を感じながら、僕はさっさと会計を済ませるために列に並ぶ。
そこで気付いたが、朝食用のパンは三つも必要ではない。
何を思ってこんなに買ってしまったのか。
しかし、返却しようにもすでにレジの順番が来ていた。
まぁ、残ったらまた後で食べればいいか。
そんなことを考えながら温めてもらった弁当とパンの袋を手に持ち家路につく。
大通りを外れると途端に人影が少なくなった。
僕の住むマンションまでもう少しのところまで来たところで、道の先を歩く人陰に目がいった。
「あれ、もしかして――――」
遠目からでもわかる煌めくような金色の長い髪。
僕は、もしかしてなんていう期待が沸いてくる。
気付けば少し早歩きになった僕は、その髪の持ち主が自分の帰路と同じなのを良いことに徐々に距離を詰める。
そして、その人を追うような形で曲がり角を曲がる。すると、――。
「――――!?」
曲がり角の先、うずくまるようにして金色の髪の持ち主、この距離まできたらそれが桂川さんであることは明白だったが、その彼女がうずくまっているのがわかった。
「だ、大丈夫ですか⁉」
両手の袋を地面に置いて桂川さんに近付く。
うずくまったままの彼女は顔を上げるが、どことなく顔色が悪いようにも見えた。
「周防くん……」
「はい、僕です。桂川さん、どうしたんですか⁉」
不安そうな顔の彼女が僕の顔を見上げる。
そして、その口をゆっくりと開いてか細い声で言う。
「お――――」
「お……?」
「お、お腹すいた……」
一瞬、何を言っているのかわからなかった。
そして、ようやく僕の口から洩れた声は――。
「――は?」
ポカンと口を空けて情けない声を発してしまう。
すると、桂川さんは肩を震わせて顔を下に向ける。
「桂川さん?」
僕が呼びかけると、彼女の口から押し殺した笑い声が漏れ出した。
「ぷっ、くふふ……。あははは!」
再び、僕の思考は停止する。
「ご、ゴメン! ただの、冗談だから! くっ、ふふふ――」
「冗談」
僕はバカみたいに、いや実際バカなのかも知れないけど、聞き返してしまう。
「ごめんね! あんまり真剣だったから、思わず――!」
そう言いながら僕を見上げる桂川さんの顔は晴れやかな笑顔だった。
それを見ると、自然と僕も悪い気はしなくなった。
「まったく、驚きましたよ」
僕が少しだけ不満そうにそう言うと、桂川さんが申し訳なさそうに言う。
「ゴメンゴメン! 周防くんを見かけたから少しびっくりさせようと思って」
「こういう冗談はシャレになりませんよ」
そう言いながらも僕の顔には笑みが浮かんでいた。
桂川さんも、申し訳なさそうにしながらも笑顔だった。
「そうだよね、あんまり変な事してると本当に困った時に見捨てられちゃうもんね」
桂川さんは、一瞬だけ真剣な顔を見せてそう言った。
それを見て、僕は思わず口を開いてしまう。
「僕はまた駆けつけますよ」
すると、桂川さんと僕の視線が交差する。
すこし驚いた顔をした桂川さんが口を開こうとしたその時――。
「――――⁉」
僕の耳にハッキリとお腹のなる音が聞こえた。
僕は、一瞬何が何だか分からなくなったが、見る見ると顔を赤くする桂川さんを見て事態を察した。
「お腹が空いていたのは本当なんですね」
「……うん」
消え入りそうな声の桂川さんは素直に頷いた。
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