第2話


 ホームルームが始まるまでの時間、お隣さんの桂川さんから質問攻めを受けていた。


「ね、周防くんって中学はどこ?」


 桂川さんは自分の椅子ごと寄って来ると、僕の机に肘を付いている。


「部活は? なんかやってたの?」

「いえ、特に何もしていなかったですね」

「えー、そうなの? 肩幅広いからなんかスポーツやってると思った! ね、身長は? ちょっと立ってみて!」


 桂川さんは立ち上がると僕の左腕を引っ張る。

 僕は抵抗することなくされるがまま立ち上がった。


「わー! 周防くん背高いじゃん! いくつあんの!?」

「184cmですね」


 桂川さんは僕を見上げるようにそう言ったが、その目線は僕が他の女子と話しているときよりもそれほど離れていないように感じた。


「桂川さんも背、高くないですか?」


 僕がそう尋ねると、桂川さんは少し怒ったような表情を見せる。


「もー! 周防くん、女の子に体のサイズ聞いちゃダメだよ!」

「すみません」


 僕は、体重とかならわかるけど身長もセクハラ案件に含まれるのか、などと真面目に考えていると桂川さんはクスリと笑う。


「冗談だから」

「はぁ、冗談ですか」


 悪戯っぽい笑みを浮かべた桂川さんが一歩前に出る。

 そして、自分の頭の上に右手を乗せると、それを僕の頭の高さまで上げたり自分の頭に下げたりした。


「あーしも、女子の中では背高い方だけど、周防くんと比べると全然だね」


 桂川さんの頭は僕の顔に届くか届かないかくらい、感覚でいけば20cm無いくらいの身長差だろう。

 ただ、僕が他の女子と話しているときより距離感が近く感じるのは身長差だけが理由ではないと思う。


「周防くんが隣の席で良かった」


 桂川さんは晴れやかな笑顔を浮かべると、不意にそう言った。

 僕は、少しだけいつもよりも胸の鼓動が速くなったように思う。


「周防くんの隣なら、あーしも背低く見えるし」


 桂川さんは、僕の体で自分の身長の高さを確認している。

 それを見て、僕は苦笑しながら言う。


「背が大きいの、気にしているんですか?」


 桂川さんは困ったような表情を見せる。


「あーしの友達、みんな小っちゃくて可愛いからさ。比べられたことあんだよねー」


 桂川さんは何か嫌なことでも思い出したのか、わずかに表情が曇る。

 それを見て、僕は思わず言葉をかけた。


「でも、綺麗ですよ。――――背の高い女性は」


 一瞬、別の何かを言いそうになったが、何とか言葉をつなげることができた。

 僕は、顔の筋肉を保ち何とか冷静な表情を作る。


「ファッションモデルの人とか、背の高い方が多いですよね」


 畳みかけるようにそう言うと、桂川さんはやはり困り顔をする。


「あーしは別にモデルじゃないしー」


 でも、少し嬉しそうにも見える。

 すると、桂川さんは悪戯っぽい笑みを浮かべて言う。


「周防くんだって、背高いんだしモデルみたいじゃん!」

「え、僕ですか? 駄目ですよ、僕は。ファッションとかあまり興味ないですし」

「えー、素材はいいんだし髪形とか弄れば読モとかアリだと思うよ!」


 困る僕を、桂川さんは上から下まで吟味するように見ている。

 桂川さんの綺麗な紅い瞳で見られると、すごくこそばゆい。


「読者モデルなら、桂川さんの方が可能性ありますよ」

「え、あーし!?」


 僕が心底真面目にそう言うと、桂川さんは慌ててしまう。


「髪も長くて綺麗ですし、目も大きくて写真映えすると思いますけど」

「髪は、美容師さんがキレイに染めてくれたからで、目はカラコン入れてるからそう見えるだけだし……」


 その綺麗な金色の髪の毛先を指でクルクルと弄りながら、桂川さんは恥ずかしそうにつぶやいた。

 しかし、すぐにその顔に茶目っ気のある笑みを浮かべると反撃に出てきた。


「つーか、周防くんって見かけによらずに女の子慣れしてない? 初対面の女の子にそんなキレイとかモデル見たいとか言っちゃダメだよ!」


 僕は、自分の頭を掻きながら苦笑する。


「いえ、全然そんな事ないですよ。女の子と話すのも慣れてないので、今もすごく緊張しています」

「そーなの? その割には落ち着いてるように見えるし」

「よく言われます」


 確かに、僕は内心が外見に出にくいらしい。

 高身長と、ガタイの良さのおかげで他人からは常に冷静だと思われている。

 高校入試のために中学で面接の練習をした時も先生からそう言われた。


「とにかく、簡単にホメるの禁止!」


 人差し指を立てて、小さい子を叱りつけるように桂川さんは言った。

 僕はそれに素直に従う。


「わかりました。次からは本心からそう思った時に言います」

「それさっきのはお世辞って言ってない!?」

「いえいえ、本心でしたよ」

「えー、嘘っぽい!」


 そんなやり取りをしていると、教室内にチャイムの音が鳴り響く。

 同時に、教室の前の扉から女性の先生が入ってきた。


「あっヤバ、もうこんな時間じゃん!」


 桂川さんは慌てて椅子を自分の席に戻して席に着いた。

 僕も自分の席に腰を落ち着けてちらりと桂川さんの方を見る。


「また後でねー」


 桂川さんは小声でそう言うと小さく手を振ってくれた。

 僕も右手を低く上げてそれに応える。


 そして、僕は教壇に立つ先生の説明に耳を傾けながら思った。


 お隣さんが桂川さんで良かった。

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