第56話

「お姉ちゃん。

 ちょっと行ってくるね」


「人を殺してはいけませんよ。

 大使のお願いも無碍にしてはいけません。

 腹が立ったら、豚か狸か蛙に変化させるのですよ」


「分かった。

 もうお姉ちゃんの嫌な事はしないよ」


「分かっていたらいいのよ」


「お土産を愉しみにしていてよ。

 お姉ちゃんの大好きな蟹を一杯とって来るよ」


「本当の蟹じゃないと嫌よ。

 人間を蟹に変化させたモノを食べさせたりしたら、お姉ちゃんまた壊れちゃうからね、分かっている?」


「分かっているよ。

 さっきも言ったじゃん。

 もう人間を殺したりしないよ。

 それに、お姉ちゃんに元人間を食べさせたりしないよ」


 ああ、私達姉弟は、なんていう会話をしているのでしょうか。

 他人が聞いたら、まるで魔物の姉弟が、人間を食べる食べないで、言い争っているようではありませんか


 全てルークが悪いのです。

 ルークが人間を魔物や獣に変化させたり、魔物や獣を人間に変化させたりするから、自分が食べているモノが、元人間ではないのかという、考えると何も食べられなくなってしまう疑念を抱いてしまったのです。


 でも、まあ、ルークが私との約束を破ったのは、生まれてから今までの人生でたった一度だけです。

 それが原因で私が壊れてしまったので、ルークも深く深く反省して、もう絶対に約束を破らないと誓約してくれました。

 それに、今考えれば、仕方がない事だったと理解しています。

 私が殺されかけたのですから、ルークが怒りに狂うのも当然でした。


 でも今では、私が壊れていた二年間で内乱状態になった国々に赴き、苦しむ民を助けて回っています。

 ルークの常識離れした莫大な魔力は、大した負担もなく、数カ国の民を養えるだけの食糧を創り出す事が可能です。


 城下に幽閉されていた全権王族大使も、内乱状態の国から送られてきていた大半の者は、何時殺されるか分からない母国に帰るのを嫌がっていました。

 まあ、中には、内乱を好機と考え、覇権を手に入れようと考える野心家もいるようですが、ルークや私の前でそれを口にするほど愚かではないです。


「おねえさま。

 おはなし、して」


「ええ、いいわよ。

 こちらにいらっしゃい」


「わたしたち、も、きいて、いい?」


「ええ、いいわよ。

 貴方達もこちらにいらっしゃい」


 うれしそうに満面の笑みを浮かべながら、ミモザ達が部屋に入ってきました。

 ルークが半人間から人間に変化させた子達です。

 私の部屋に入っていいのは娘だけですが、城内には男の元半人間もいます。

 娘達には私が絵本の読み聞かせをして、言葉を教えています。

 皆愉しそうに笑顔を浮かべて聞いてくれます。

 まるで幼い頃のルークのようです。

 今日も水飴を作ってあげましょう。

 また喜んでくれるとうれしいな。

 

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