第4話 家庭教師

 学園からの帰りの馬車では、一人でお姫様ごっこをした。

 馬車の窓にはカーテンがついているので、外から中が見えないし人の目を気にする事もない。



「ほほほ。ごきげんよう」

「あら、重そうな荷物。がんばって!」

「まぁ、元気なお子さん。可愛いわね」



 と言って道行みちゆく人に手をり、[馬車から一般市民の皆さんをねぎらうお姫様]という設定でお姫様ごっこをした。窓あるから声は届かない。誰にも内緒の一人遊びだ。

 今日は皆に"悪夢だ"とか言われたから、このお姫様ごっこがいい気分転換になった。明日もやろう。



 屋敷に帰れば、執事さんとメイドさんがズラリと並んで出迎えてくれた。

 うぉぉぉ! 本当にお姫様みたい!!



「お帰りなさいませ。ロザリーお嬢様。

 今日の授業はいかがでしたか?」


 そう執事さんに聞かれて、言葉がまった。「校庭の木を燃やしくしてクラスから浮いてしまった」なんて言えない!

 とりあえずロザリーらしく自信を持ってあごを振り上げてから、私は言った。


「なかなか教え方の上手い先生だったわ」


 ……。嘘じゃないと思う…………。

 ヨド先生の教え方がわかりやすかったので、初日から皆が炎を出せた(私のせいで魔法に挑戦できなかった人が3人いるけど……)。そして私は炎がめっちゃ出た。全てはヨド先生の教え方が上手かったから。……うん。そう。そうなのよ。



「それは何よりですじゃ」



 執事さんはニコッと笑った。何とか誤魔化ごまかせた。

 さ、部屋に……と思った時、



「では、明日の予習をいたしましょう」



 え!?

 執事さん何をおっしゃいますの!?



「昨日も予習をしておいて良かったですな」



 予習したの?!

 昨日!?


 私はとても驚いた。

 そうか!

 私がロザリー代理になる前の日に、ロザリー自身が予習してたのか!!

 そうだよね。いきなり始業式から人生じんせい始まんないよね。誰にも過去ってもんがあるわよね。

 そういえば『家庭教師が……』とか、ロザリー言ってたね。

 家でも失敗しそうな気がするけど、練習すれば明日は白い目で見られなくて済むかもね。気は進まないが、やるか……。



「えぇ! 予習は大事よね!!」



 私はあごげて空を見上げ、高笑いをしておいた。……もうヤケだ。「流石さすがはお嬢様やる気に満ちあふれておりますな」と満足げに微笑む執事さんの笑顔が変わらない事を祈る。

 練習が無事、終わりますように。




 制服が汚れるといけないからと、運動しやすい服に着替きがえさせられた。

 乗馬の時に着る服みたい。黒の魔女っぽいローブを着せられるのかと思ったら違った。ズボンだから走りやすくて、もしもの時に走って逃げれて良いね。


 練習する場所は、玄関げんかんさきの広い芝生しばふの所ではなくて、屋敷やしきの裏にある厩舎きゅうしゃの近くの広い芝生の所でするらしい。

 屋敷の裏に厩舎って、ロザリーの家、広い。広いわ。厩舎には馬が7頭ぐらいいて驚いた。さらに、馬が軽く運動出来る馬場もある!(ぷち乗馬クラブですか! ここは!)今度、馬をさわってみたい。



「お嬢様。お早いお帰りですね。

 早めに来ておいて正解でした。

 では始めましょう」



 私を待ちかまえていた家庭教師は、20代後半と思われる男性だった。

 流石さすが乙女ゲー! 悪役令嬢がわにもすきあらば男性キャラを入れてくるのね! 

 それにしても、


 カッコいい!

 燃えるような、赤い髪! 意思の強そうな目付き、引きまった筋肉! しかも背が高い! 190cmぐらいある。

 そして、体を鍛えたがゆえと思われるスポーツ系のいい声!



『彼は宮廷魔法騎士のアイザックですわ。

 なかなかの使い手よ』




 宮廷魔法騎士?!




 すんごい人に教えてもらっているのだね。お金持ちって凄い……。


『フフン。才能ある者に教えてもらった方が成長が早くてよ』


 ロザリーが自慢じまんげに話すので本当にアイザック先生は“凄い人”なんだろうなぁ。


 家庭教師でさえもカッコいいのか! 魔法に対する不安は吹き飛び、頭の中は『この人カッコいい!』でいっぱいになった。

 そして、足元あしもとにはガラス製の大きな皿が置いてあった。

 …………皿?



「お嬢様。明日は〔水の魔法〕だそうですね。

 昨日も申しましたが、魔法はイメージです。まずは水の魔法をイメージします。それから、“水ようつわたせ”……!」



 アイザック先生が杖をりながら呪文をとなえると、足元あしもとに置いてあったうつわから水があふれた(おぉ~!凄い!!)。



「さ、お嬢様。やってみましょう」



 顎を振り上げながら「わかったわ」とえらそうに答えて、私は水の魔法に挑戦した。


 イメージ……。

 ガラスの器を満たすイメージ。よし!



「水よ! 器を満たせ!!」




 .......し~ん..。




 ……何も起きない。



「お嬢様。気にする事はありません。

 簡単な火の魔法なら多く人が使えますが、水、風、土、と段々だんだんむずかしくなっていきます。これが普通です。

 さ、続けてやりましょう」



 すんごいすずしい顔の、アイザック先生。どうやら本当に水の魔法はすぐ使えなくてあたりまえらしい。

 その後、2時間ぐらい頑張ったが水の魔法は使えなかった。火はすぐ使えたのに……。



「誰にでも相性あいしょうの良い属性があります。それ以外は、ほぼ使えないのか普通です。

 きっとお嬢様は水の魔法との相性は良くないのでしょう」



 いゃぁ! そういうわけにはいかないわ!!



「待って! どうしても水の魔法を使えるようになりたいの!!」


「……わかりました。

 では明日から水の魔法に力を入れましょう」


「ダメ! 明日じゃ遅いの!

 今日、水の魔法を使えるようになりたいです!」



 必死に訴えかける私に、アイザック先生は冷静に答えた。



「2時間頑張って水が一滴いってきも出ないのですよ? 水の魔法を使えるようになるには、時間が必要です。

 このあとまだ業務が残っています。徹夜てつやにでもなったら、私の宮廷魔法騎士の仕事に支障ししょうが出ます。

 私がお嬢様につきあえるのはここまでです」



 そうだよね。本業は大事だものね。

 アイザック先生は怒った口調ではなかったけど、完全に拒絶きょぜつされたのがとても辛かった。

 気がつけば太陽がしずもうとしているし、空気もひんやりしていた。


 犯人の目星めぼしもつかない。水で防御も出来ない。

 ごめんね、ロザリー。

 私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。私は何の役にも立たない..。

 明日のクッキー対決がんばろうね……。

 "しゅん"となったその時、私は思い出した!




 クッキー対決!




 クッキー対決のクッキーは、火の魔法を使って自分で焼くのよ!

 やばい!

 私の火の魔法は校庭の木々を全て焼き尽くしてしまった!! このままでは、クッキー焼くどころか校舎までも燃やしてしまう!!



「アイザック先生!」



 帰ろうとしたアイザック先生をあわてて呼び止め、必死にお願いをした「火の魔法を小さめに調整する方法を教えて下さい!」と!

 するとアイザック先生は怪訝けげんな顔をして、



蝋燭ろうそくの炎を更に小さくしてどうするのですか?

 マジックショーでもされるのですか?」



 "勘弁かんべんしてくれ"といった口調である。昨日のロザリーは蝋燭の炎ぐらいだったんだね。


『ふんっ。例え蝋燭の炎でも、ちゃんと魔法を使えましてよ? 何も問題無くてよ。』



 ロザリーが強がって言う。可愛い所もあるじゃない。私も炎は皆と同じぐらいがよかったな。


 アイザック先生は話を聞いてくれる雰囲気ではないし、今にも帰りそうだ。こうなったら、説明しやすいように魔法を見せるしかない。

 庭の木を燃やし尽くすわけにはいかないので、一本だけ離れた所にある木の方を向いて、火の魔法の呪文をとなえた。




〈《燃え上がれ!炎よ!!》〉




 するとあんじょう、紫の光の線がビーンと木に飛んで行き「ボゥン」と音がして、紫の炎がメラメラと木を燃え上がらせた。

 20mぐらいある木を余裕で燃やすこの火力。自分でもどうすればいいのやらである……。



「っぶぁっ!!

 いきなり何をするんだ! バカ娘!!

 “水よ降り注げ!!"」



 アイザック先生によって、すぐに炎は消された。流石、宮廷魔法騎士。対応が早い。

 それにしても「バカ娘」とは……。

 説明の為とはいえ、アイザック先生を怒らせてしまった。調整の仕方、教えてくれるだろうか……?



「言いたい事はわかった。

 説明してくれれば聞くから、次からこんな事は絶対するな。バカ娘」



 う……。

 2回「バカ娘」って言われた。魔法見せなきゃ話を聞く気なかったくせに。



「まるで昨日とは別人の魔法だな。

 炎は大きいし、闇の属性が入ってる」



 昨日はロザリー本人で、今日は私だから、確かに別人。アイザック先生は勘が鋭いなぁ。

 って.....しかし...



「闇!?」


「あぁ。紫の色は、闇の属性だ。

 口だけ偉そうな普通の女と思ってたが、見直した。いいだろう。国の平和のためにも、炎の調整の仕方を教えてやる」



 やった! アイザック先生が、炎の調節の仕方を教えてくれるって!


『……この男。ムカつきますわ』



 あぁ…「普通の女」と言われて、ロザリーが不機嫌になってしまった。まぁまぁ。落ち着いて……。


 それにしてもアイザック先生、魔法を見せてから態度が変わった。最初は真面目なキリッとした話し方だったのに、ちょっと乱暴な言い方に変わってる……。



「つまらんおべんちゃらタイムは終わりだ。

 この国のため、そして、お前自身のためにも俺の部下と同じように鍛えてやる」



 外国映画に出てくる上官じょうかんみたい。アイザック先生。今まで猫をかぶっていたようだ。私は軍人でも騎士でもないのだけど……と、とまうどっていたら、


『"おべんちゃらタイム"ですって?!

 わたくしが許しますわ!

 この男を、焼いてしまいなさい!』


 アイザック先生が余計よけいな事を言うから、ロザリーが怒ってしまった!(ロザリー。落ち着いて。炎の調整の仕方、教えてもらおう?)私は何とかロザリーをなだめた。



「それだけ炎を出せる実力があるなら、小さい炎を出す時に叫ぶ必要はない。

 昨日も、さっきも言っただろう。

 "イメージ"だ。

 "このぐらいの炎を出したい"と思ってから魔法をとなえろ」



 アイザック先生に言われるまま、とりあえずやってみた。

 蝋燭の炎をイメージして、えっと……空気中の精霊に命令する。

 あごを引いて、声は小さく、そして響きは大事にして、もう一度、小さい炎をイメージして……呪文!



《燃え上がれ。……炎よ》



 紫の小さな炎がつえの先にあらわれた。

 おぉ! 紫の光が飛んでいかない!!

 流石、宮廷魔法騎士! アイザック先生凄い!!



「あれ?

 小さくなったけど、やっぱり紫なんですね」


「お前、筋金入りの"闇の魔法使い"だな」



 それって……めてんですかね?

 クラスの皆が私を避ける〔闇の魔法〕は、なるべく使いたくないですけど……。



「火は小さくなったし、ま、問題はないだろう。

 俺は初心者に魔法をおしえるのが苦手だ。学園で〔闇の魔法〕とは何か教えてくれるだろうから、授業を真面目まじめに受けろ」



 え〜?! アイザック先生、言いきった!

 "魔法を教えるのは苦手"!!



「じゃぁ、なぜ家庭教師を!?」


「〔俺は"騎士"であって、"先生"じゃない〕と言ったのに、お前の父親侯爵が〔それでもいい。実力者から学べば何かしら身に付く〕と言って無理やり俺を家庭教師にしたんだ」


『ほっほっほ。流石お父様ですわ』



 強引だね。"この親にして、この子あり"だわ。

 貴族階級の事はよくわからないけど、ロザリーの家は家族もすごそう。



「お前の火力なら、水の魔法を早く使えるようになったおくのは正解だな。

 よし、明日からは水の魔法も平行してやろう」



 はい……。もしも明日生き残れたら、よろしくお願いいたします。



「ところで、お嬢様。名前は何て言うんだ?」


「ロザリー・バードックですけど……?」



 何故、突然名前を聞かれたのか分からない。

 ……? なぜ?



「ふん。覚えた。

 ロザリー! 基礎は学園でしっかり学べ !応用を俺が教えよう。じゃあな」



 そう言ってアイザック先生は帰って行った。

 ……。

 あ〜!! アイザック先生、今までロザリーの名前、覚えてなかったのね!

 だから、「お嬢様」と呼んでいたのね!!


 何か一言、言ってやりたかったがアイザック先生は今度こそ帰ってしまった。

 炎は調整出来るようになったけど、水の魔法使えない……。このままでは明日の放課後、危ない……。と、その事が頭をよぎり私の血の気は引いていった。


 あと……、闇の魔法ってなんなの? 不安しかない。

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