半魔と白巫女 其の二

いつもなら活気がなく村人は皆どこか満ち足りなそうな顔をしていたこの村は、今日は打って変わって喧騒に包まれ、賑やかな雰囲気を醸し出していた。


 それもそのはず、今日は数ヶ月に一度の村に白巫女が来る日で、そのお祝いにお祭り騒ぎだからだ。


 以前までは白巫女が来たとてお祭りなどはしていなかったのだが、今回からは前まで村に来ていた白巫女とは違い、村に来る白巫女が子供のため、その子の希望に合わせるということでこうなったのだ。


 村人もいきなりのことで戸惑いはしているものの、まだ白巫女が来ていないにも関わらずどんちゃん騒ぎをしており、大人も子供も村人はみんな何とも楽しそうだ。


 もっともそのみんなというのは木に鎖で繋がれていて何も出来ない半魔を除いてではあるが。




 一方当の本人はその楽しさなど理解出来なかった。



 それもそのはず。



 知らなかったからだ。人のぬくもりも、人と笑いあえることの楽しさも。





 そんな人としての感情を彼は知らなかった。知らずに、だれからも与えられずに生きてきた。





 あるのはただ、虚無だけ。





 何もないが故の、何も与えられなかったが故の虚無。






 愛情も受けず、暖かさも知らずに育ってきた彼に与えられたものはそれだけだった、そんなものだった。 



 そんな彼のもとにいくつかの足音が近づく。

 足音の軽さから子供と推測できる足音が数人分。 


 それは徐々に半魔の繋がれた木の麓に近づき、半魔が視認できてしまう範囲まで達する。



 そこで子供たちの誰かが半魔を見て叫び声をあげた。

「おい!なんだあいつ、木に繋がれててすげえ汚いぞ!」 

 するとそれに便乗した周りの子供も声を上げる。 

「ほんとだ!なんだろう?」

「私聞いたことあるよ!この木には忌まわしい半魔が住んでて近づくと呪われちゃうんだって!」

「忌まわしいってなんだ?」

「きらわれものってことじゃない?」



 目の前でそんな会話が繰り広げられていても半魔は見向きもしない。

 こんなことは昔からよくあったし、動けないのをいいことに大人たちに暴力を振るわれていたこともあった。そんなこと、この半魔の中では日常茶飯事だったのだ。


「こいつに近づくと呪われるのか?気持ち悪いんだよおまえ!」

 そういって子どもの誰かが近くにあった小さい石ころを投げる。

 それが勢いよく半魔の頬に当たり、再び地面に転がる。


 そこでようやく半魔の少年は子供たちに目を向ける。だが、石が当たったはずの頬には傷一つついていない。


 それが子供たちの恐怖を引き出し、彼が普通の人間とは違うことを物語る。


「なんだこいつ!ばけものだ!」

「怖い、逃げよう!」


 その言葉を合図に子供たちは騒ぎ騒ぎながらその場を去っていく。



 そして静寂が空間を支配する。



 暗く、それでいて静かな夜。



 彼はそんな夜が嫌いだった。




 闇に独り取り残されて、自分の運命までもが暗く染まっているかのように思えてしまうから。




 そんな夜には自分の忌まわしい黒が闇よりも濃くある事を実感させられるから。




 確かに彼は祭りの楽しさや人の温もりなど全く知らない。

 だがもし自分もそこに入れたらと思わないわけではなかった。




 もしも自分が半魔などではなく普通の人間だったなら。




 この髪が黒くなければ。この人間ではありえないほどの力と魔力さえなければ。



 そう考えると、自分の中に確かに流れる半魔の血を呪わずにはいられなかった。




 そんなどうにもならない悲しいことを嘆きながら夜を過ごしたのだって1度や2度ではない。



 そうして過ごした日は夜明けまで同じことを延々と考えてしまう。



 どうして自分だけ人間ではないのか、と。




 だが




 今夜はまだ明けない。

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