顔のない死神は薄幸少女の死の間際に

朝霧 陽月

第1幕 その出会いは果たして幸せなものだったのか

 死というモノはいつの時代も生きとし生けるにとって忌諱きいされる存在である。


 特に死が差し迫った者にとって、それはより色濃く恐怖の対象として見なされるであろう。

 しかし死とは必ず訪れるもの、だからこそ死が少しでも心地よく受け入れ易いものになるようにと創造主も考えたのであろう……。


 死者をあの世へと水先案内をする死神の姿は、死者や死期が近い者にとって最も大切で会いたいと思う者の姿に見えるのだ。

 だから誰もが喜んで、死神の手を取って死後の世界へと向かった。


 世界がこの形になった時から、いつも死神は死のふちにあるものの傍らにいて時が訪れればただ死者の手を引いて歩いてきた。

 死神というものは死神という形をとってはいるものの、雨や風と同じ一種の事象じしょうのようなものだった。だから死神の行動には個の意思などはなく、ただただ淡々と役割を果たし続けていた。

 そこに疑問など生じる余地などなかった。

 この時までは……。



 ―――――――――――――――――――――――――――……



 いつも通りに死神は死期の近い少女の元を訪れた。

 その少女のいる部屋は人が生活するには、いささか殺風景さっぷうけいでガランとした個室だった。


「……誰?」


 人が近づく気配を感じ取ってか少女がベッドから体を起こした。ここまでなら、よくあるいつも通りの話だった。

 しかしその後に少女が発した言葉は、いつも通りのそれではなかった。


「……ねぇ何でアナタは顔がないの?」


 ベッドの上から死神を見つめる少女の表情には強い困惑が見て取れる。

 死神自身も全く想定外の出来事に戸惑った。

 確かに今までにも相手が驚くような反応をすること自体はあった。しかしそれは死神を通して見た大切な存在に対しての反応であり、顔を見てなお全く初対面のような……ましてや顔がないのかなんて言葉は一度もかけられたことがなかった。


「我が分かるのか……?」

「分からなかったら、声なんて掛けられないでしょ」

「ああ、そうだな」


 もしかしたらまだ気のせいかと思っていた死神だが、しっかりと自身の言葉に反応する少女を目の当たりにして彼女が間違いなく死神を認識していることを確信した。


「顔が無いように見える割に喋ることは出来るのね」

「……誰かと話すこと自体初めてだから、自分でも会話出来ていることに驚いている」

「そんなので、よく生きて来れたわね……というか、アナタって生きてるの?」

「さぁ、生きてるかどうかなんて自分でも定かではない。自分は死者の水先案内をつとめる存在、人の言葉で言うところの死神というやつだ」

「ふーん……自分が見えるかなんて、まるで幽霊みたいなことをいう人だと思ったら

 本当に人間ではなかったわけね」

「そんなに簡単に信じるのか?」


 その言葉に少女はクスリと笑った。


「あいにく私も普通の人間には相手にされない立場にいるの。だから人間じゃないと言われた方がずっと納得できるのよ」


 その言葉は自嘲するような響きを含んでいて、明るく取り繕っているような表情にも

 どこか悲しみを滲ませていた。


「どうしてなんだ?」


 死神の問いに彼女は愉快そうに目を細めた。


「人間には相手にされないっていったこと? 死神でも気になるんだ、意外に俗っぽいのね……いいわ、どうせヒマだし教えてあげる」


 死神は別段気になったわけではなく、なんとなく聞いただけだったがわざわざ否定はせず黙って少女の話を聞いた。


「私ね、家族に捨てられたの」

「……」

「今では見ての通りの死にぞこないだけど、元はそこそこ良いお家のお嬢様だったのよ」

「……」

「一応、血の繋がった家族もいたわ。でも父も母も私には家族としての愛は持って無くて、どれだけ役に立つのかでしか私のことを見てくれなかったの」

「……」

「幼い頃には親に多少の愛情を期待したこともあったけど、途中で諦めたわ。むしろ役立たずでいると捨てられる可能性すらあると分かって努力するようになったわ」

「……」

「でも残念ながら私の体は生まれつき欠陥品だったみたいでね」

「……」

「それが分かった途端で実の父親からこの個室で最期まで過ごすように申しつけられたってわけ……」


 それまで前だけを見て淡々と話していた少女だったが、急に死神を真っ直ぐにみて問いかけた。


「ねぇどう思う、今の私のこと……やっぱり客観的に見て哀れに映るものなのかしら?」

「我は確かに言葉の意味は分かり、会話こそ出来るが人間の価値観というモノは理解できない。だから別に何とも言えない」


 死神は正直だった。別に少女に興味がないわけではないが、初めて会話をした死神はそれ以外の答えを持ち合わせていなかった。

 そんな死神に対して少女は、驚いたようで安心したような悲しむような複雑な表情を浮かべた。


「ふーん、そうなの。でもそうね……そもそも私は死神に何を聞いているのかしら」


 それは前半は死神に向けた、後半は小声で自分に向けた独り言のような言葉だった。


「私の事情については、今言った通りよ」

「そうか」

「聞くだけ聞いてホントに何にも思ってなさそうね……まぁいいわ、答えた代わりに今度は私の質問に答えてよ」

「我の知っていることであれば別に構わないが」

「嬉しいわ、死神って意外と親切なのね」

「そうか」

「じゃあ質問するわよ。いくつか聞きたいことがあるのだけれど、まずアナタは顔が無いように見えるけど、それは何故なのかしら」

「この顔や姿を含め本当なら、死神が迎えにきたものにとって最も大切で会いたいと思う者に見えることになっている。少なくとも今まではそうだった」

「そうなのね……つまり、私には大切な人がいないからアナタの顔が無いように見えるってことよね」

「おそらくは……」


 一旦、俯いてから彼女は堪えるように噛みしめるように笑った。


「なら大切な人がいなくて良かったわ。だって死神の姿を見れる人間なんて、きっととっても特別よ」


 そして笑顔のまま彼女は手を差し伸べた。

 死神が意味が分からずに手を見つめていると、彼女は口をとがらせて言った。


「ほら、握手してよ」

「ああ」


 死神が少女の手を握ると、彼女は驚いて目を瞬かせた。


「アナタの手、骨みたいなのにちゃんと人の手の感触がするのね」

「そうなのか……」

「自分のことなのに他人事みたいね ねぇもっと触ってもいい?」

「構わない」


 死神が頷くと、少女は両手で死神の手を包んで目を細めた。


「温かい……」


 しばらくそうしたのちに、少女は「ありがとう」と言って死神の手を離した。


「ねぇアナタは私が死ぬまで傍にいるの?」

「そうだ」

「私はあとどれくらいで死ぬ予定なの?」

「3日だ」

「そうなの……」


 しばらく考え込んだのち少女はあっ、と声をあげた。


「それなら私が死ぬまでの間、私の友達になってくれない?」

「友達……?」

「そうよ、意味は分かる?」

「それは分かるが……」

「なら死ぬまでの間だけ、フリでもいいから私の友達として振舞って欲しいの

 ダメかしら?」

「ダメではないが……」

「ならいいでしょ、それとも嫌なの?」

「嫌でもないが……」

「じゃあ、なんなの?」

「友達という言葉の意味は分かるが、具体的にどうすればいいかが分からん」

「なら私がどうすればいいか教えるから、その通りにして それなら問題ないでしょ」

「ああ……」

「それじゃあ、アナタは文字通り死ぬまで私の友達よ」

「承知した」


 感情なんて無いはずの死神の心が友達という言葉に少しだけさざめいた。

 だけども自分のこと、ましてや心に鈍感な死神は、そんなことに全く気付かなかった。


 ―――――――――――――――――――――――――――……

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