第7話 桜来と和音、冒険者になる

 結論から言うとここでの出会いはあまりありませんでした。都心部を離れたこの場所まで来る観光客は少ないらしく、ゴールデンウィークが終わったばかりの時期ということもあってイチゴ園はとても空いていた。

 繁忙期の間にたくさん取られただろうに、イチゴ園には青いのしか残ってないなんてことはなく、たくさんの赤いイチゴがとても瑞々しく育っていた。

 桜来は気になって、どうやって育てているのか近くの係員のお姉さんに訊ねてみた。相澤という名札を付けたその係員のお姉さんは声を潜めて内緒話をするように打ち明けてくれた。


「実はここの土壌はダンジョンの土を使っているのよ。わたしの中学で会った友達に教えてもらったんだけど、ダンジョンの土を使えば作物がとてもよく育つのよ。みんなには内緒だよ」


 ダンジョンって何だろう。ゲームやファンタジー小説ではおなじみだが現実では聞いたことが無い。桜来と和音は疑問に首を捻ったが、それ以上の秘密は教えてもらえなかった。

 相澤さんは秘密だよと人差し指を立ててウインクし、友達と二人仲良く楽しんで行ってねと送り出した。

 今は秘密を暴くよりも、もっと大事な事がある。桜来は和音と一緒にミッションに挑む覚悟をした。


「制限時間内にイチゴを集めなくちゃ」

「のんびりするのは指定の数を摘んでからにしましょう」


 桜来と和音は二人で黙々とイチゴを狩っていった。場所が空いていたこともあって邪魔が入らず、何とか籠に指定の数を集め終えた。

 離れたところでは後から来た隼人と桃乃と律香が仲良くイチゴ狩りをしている姿が見えた。隼人が取って渡したイチゴを桃乃が喜んで食べていて、律香が自分の分のイチゴを取っていた。

 時間があれば自分達もあんな感じでのんびりしても良かっただろう。だが、くつろぐような余裕は無い。

 ギルドのミッションは一般客の普通のイチゴ狩りよりもシビアなのだから。伊達に一回限り無料なわけではない。

 桜来と和音はすぐにイチゴを集め終わった籠を持って、受付の老人のところに向かった。

 老人は結果を見て感心したように頷いた。


「よくやったのう。お前達の必死の気迫はここまでビンビン伝わってきたぞ」

「それじゃあ」

「じゃが、安心するのは早い。ギルドに納品するまではミッションの完了にはならんからの」

「分かりました。すぐに行ってきます」

「もう急がんでいいから気を付けていけ」


 厳しい制限時間があるのはここでイチゴを集める時間だけで、ギルドのミッション自体は今日の終わりまでの猶予があった。

 だが、桜来は急がないといけないような気になって、急ぎ足で向かったのだった。




 帰りはもう道が分かっているので楽な物だった。


「桜来、急ぎ過ぎ」


 彼女に続いてギルドの建物内に入って、へとへとになった和音を涼しい空調が出迎えた。

 和音はすぐに「ぽやー」と幸せな顔になった。

 椅子に導かれるようにフラフラと移動して座った和音の分まで、桜来は受付嬢にミッション達成の報告を行った。


「おめでとうございます。これであなた達も冒険者よ。それにしても随分と急いだのね」

「はい、時間の制限が厳しくて」

「時間の制限は今日一日だったはずだけど。あ、さてはイチゴ園の管理人のあの人が自分で課したのね」

「え? 急がなくて良かったの?」

「そうよ。でも、これは大変名誉なことよ。あなた達、ギルド長に見込みがあるって思われたってことだから」

「え? あの人ギルド長だったの?」

「そうよ。前ギルド長だけどね。引退してイチゴ園の管理人の仕事に就かれたの」

「凄い人だったんだ。でも、わたしはやっぱり見込みよりもゆっくりしたかったよ。うへえ」

「そう悪く思わないで。イチゴ、サービスしてあげるから」

「本当? もぐもぐ、美味しい」


 受付嬢から受け取ったイチゴを食べて桜来の機嫌は直った。椅子に座ってへたれている和音にも持っていって食べさせてやると、すぐにその美味しさに瞳を煌めかせて復活した。


「これ、仙豆?」

「さあ、イチゴに見えるけど」


 軽い言葉を交わし合い、二人で受付に行って冒険者のカードをもらった。これでギルドの依頼を受けられる。

 そして、冒険者のスキルのことを教えてもらった。

 それは何と、念じればこの島限定だけど好きな物を呼び出せるというのだ。桜来と和音はそれぞれに頬を上気させて興奮に瞳を煌めかせた。


「じゃあ、ティラノサウルスやプテラノドンでも呼べるの?」

「メテオを呼んでみようかしら。それとも彗星」


 浮かれる冒険者になりたての少女達に、受付嬢は念を押すのを忘れなかった。今までにもこういう人達を見てきたのかもしれない。


「でも、用も無いのに呼び出したら怒られるだろうし、島に被害を出したら弁償してもらいますからね」

「うへえ、上手い話は無いか」

「使いどころを見極める必要がありそうね」


 何とも便利なだけのスキルでは無さそうだった。

 さて、これからすぐにでも依頼を受けることは出来るが、時間は正午を過ぎてお腹が減ってきていたので。


「レストランを探そう」

「近場でいいわ」


 先に約束していた通り、レストランに行って昼食にすることにした。

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