【65】稜の想いと仲直りのラーメンと(後)

「は、はるさ~ん!!」


なんだ…夢か。

布団から飛び起き辺りを見渡すといつもとは違う光景が目に飛び込んできた。

昨日は確か、はるさんを迎えに成田空港まで行った後にここへときて、俺の生い立ちなんかを話した後にたらふくビールを飲んで…。

隣を見ると、すやすやと気持ちよさそうに眠っている彼女の姿があった。

よかった、俺の昔話を聞いても嫌われなかったみたいだな。昨晩の彼女は優しかったし!

それにしても…可愛い。

横になり、頭を撫でながら彼女の顔を至近距離で眺めていると、視線を感じたのか突然目をぱっちりと開けて"うわっ…"と低い声を出した、はるさん。

おっさんみたいだけど、これもまた可愛い。


「はるさん?おはようございます!

もう朝ですよ~?まだ眠いですか?」


『稜さん…おはよー。

…おじさんは早いわね?』


ん?今何と仰いました?

と、おじさん?


「はるさん?リピートプリーズ?」


『…え?…何言ってるの?』


「んもぉー!今、おじさんって言ったー!」


『…ん?何か間違ってた?』


昨日の夢のように甘い時間は何だったのか…

あ、夢だったのか?

一人でぶつぶつ言っている俺を無視して

彼女は寝転んだままスマホを操作している。

よし、背後から覆い被さろうではないか!

そろりそろりと近づき…

よし!背後とったー!と思った瞬間

突然背伸びをしながら起き上がった

彼女の拳が顎に命中…。


『あれ?稜さん何してるの?今からこの店

目指そうと思っているんですけど、稜さん

場所わかるわよね?いや~、関西いる時にコンビニでよく買っててさ?本物一度食べてみたかったんですよ!』


「い、いたたた…、はるさんどこなの?

えぇっと…、あ、【中華蕎麦とみ田】ね!」


現在の時刻は午前9時半。

本店のある松戸までは、高速を使えば一時間といったところか。この店はラーメン屋では珍しいことに、電話予約ができるらしいので11時30分に予約を入れることにした。予約まで二時間あるし下道で行きますかね~。

本日はホテルで朝食は取らずに、出発することにする。それにしても、二人で宿泊して

五千円とは本当に安いな。



「それでは、はるさん?いつものやついきますよ?ご唱和願います…"レッツラゴー♪"

…あれ?はるさん?無言?隣にいるよね?」


『…何か言いました?』


彼女の寝起きは悪いほうではないが

まだまだ眠たいようで、一人の世界に

入っているご様子。

通りにあったコンビニでアイスコーヒーを買い彼女に届けてあげると、本日初めてのとびきりの笑顔をプレゼントしてくれた。

俺はきっと、この笑顔の為ならなんだって

やってしまうのだろうな…。


約二時間のドライブで到着した彼女ご所望のお店には、開店前から行列ができていた。

走り初めはちょこちょこと話をしてくれていた彼女であったが、一時間をすぎた頃から

例のくせが出てきた。そう、お腹が空いたら機嫌が悪くなるという赤子みたいなやつ。

そろそろ彼女の空腹は限界なのだろう…

車を降りてすぐから彼女の猛攻が始まる。


「は、はるさん?」


『稜さんどうしたの?』


「俺の手はそこにはないんだけどな~?」


一番の弱点である、脇腹にグーパンチを繰り出した後、脇肉を指で突き刺したり、掴もうとしてみたりと中々の攻撃。


『稜さん…私、もう無理だー!!』


順番までは後少し…俺が

サンドバッグになるしかない!!


「よーし!はるさん?

俺のことを好きにしなさい!」


手を広げ受け入れようと覚悟を決めると


"お待たせしましたー、

二名でご予約の西園寺様~?"


目を輝かせて、先程までとは別人の笑顔で

店員に愛想を振りまきながら店へ入っていく

はるさん。


『稜さん、何してるの?早く行くわよ?』


俺は、間違っているのだろうか…?


高級割烹のような気品のある店内は一瞬

"店間違えた?"と思ってしまう程上品な作り。壁際に飾られた数々のトロフィーとインスタントラーメンを見て、ここがラーメン屋であるということを思い出させてくれる。


俺はつけめんの並、はるさんは中華そばの並と卵かけご飯を注文し、心落ち着かせる店内の音楽を聴きながらラーメンを待つ。


『稜さん…なんか、凄いものでてきそうなお店だね。声も小さくなってしまいますわ。』


「確かに…俺、カウンターしかない寿司屋にきた気分です。」


十分ほどで、注文の品が到着。

二人で顔を見合せて

静かにいただきますをする。


独特の極太麺に負けない濃厚なつけ汁。

なんだこれは…う、うまい!

はるさんも俺のほうを見て目を輝かせている。きっと美味しかったのだろう。

卵かけご飯を頼んでいるというのに俺よりも

早く食べ終わろうとしているはるさん。

若いとは恐ろしいものだ。

外の行列が気になったので、食べ終わると

早々に店を後にする。


『いや~、本当美味しかったわ~!ここまで来た甲斐がありましたね。稜さん連れてきてくれてありがとうございました!』


「俺も最初量みた時、無理かな~と思ったけど意外と食べきれたわ!もっとこってりで、

途中で飽きると思ってたのよ~。本当きてよかったね!はるさんの家出のお陰だわ。」


『稜さん?一言多いわよ?』


もう、グーパンチは飛んでこなかった。

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