【69】瀑布と東照宮と小芝居と(後)
周りを木々で囲まれた砂利の緩い登り坂を
ゆっくり歩いて行くと、はるさん待望の目的地が見えて来た。
石鳥居と呼ばれる大きな白石の鳥居の前で一礼し、頭を下げくぐり抜けるとすぐに朱色が目を引く立派な五重の塔が迎えてくれる。
拝観受付をして進むと、その先にはあの有名な、三猿のお出迎えだ!
「はるさん!あれ、見える?三猿だよ!」
『あ、有名なやつね!知ってる!
えぇっと…目とか隠してるやつでしょ!?』
「見ざる。言わざる。聞かざるです!」
『それそれ!本当に目隠したりしてるね~』
観光客に混じり、真剣に猿の写真を
撮っているはるさん。
ヤバい…何をしていても可愛い…。
ベストショットを狙っているその姿をこっそりと写真に納めたことは内緒。まさか自分が被写体になっているとは夢にも思っていない彼女の無防備さがまたいいのだ。
「はるさん?今なら稜さん特別解説が~?
な、なんと!無料でついてきますけど!」
写真を撮る手を止めて、真顔でじーっと
こちらを見ている可愛い彼女。
さて、今日はどんな台詞で俺の申し出を
あしらってくれるのかな?
『先生、よろしくお願いします!
きちんと静かに聞いてますので。』
むむっ?今なんと言いました?
ヤバい…予想していなかった…
いつもなら、"はーい"と生返事をした後に
一人で先に進んでいくのに!
どこか具合でも悪いのか?
「えぇー??はるさん?もしかしてまだ具合でも悪い?いつもなら軽く返事してどこかに行っちゃうのに!」
『稜さん?私はどこも悪くないですよ?ただ、たまにはちゃんと話を聞いてみようかな?と思っただけです。でも、面白くなかったら次から聴かないからね?』
さらっと結構なプレッシャーをかけられているが、ここは腕の見せ所だ。
「では、早速参りますわよ?手始めに初級編から!さて、ここ日光東照宮は誰の為に作られたものでしょうか?」
『…徳川家康ですか?』
「正解!さすがはるさん!簡単に言いますと徳川家康が亡くなり家康の子孫が、家康を神扱いして作ってしまったという、とても自己満足な建造物なんです。」
『へぇ~、…先生?1つ質問いいですか?』
「ん?その可愛いお顔は、学校のマドンナ
春香君だね?質問ってなんだい?」
『私は早く三猿の意味を知りたいのですが
家康の身内話はまだ続きますか?』
「春香君は、歴史が好きなのかな?
それとも、先生の授業が好きなのかな?」
話を聞くとは言ったものの、中々自分の聞きたいことに辿り着かない状況に顔を歪ませ始めた、はるさん。ヤバい…二度と話を聞いて貰えなくなることだけは回避せねばならぬ!
「はるさん!そう、猿のお話だったわね!この三匹の猿にはね、子育ての極意?が秘められていると言われているんです。事の判別がつかない幼少期には悪い事を、見たり、言ったり、聞かせないで良いものだけを受け入れて素直な心のまま成長させなさい!ってことみたいですよ?なんだか難しいわね。」
『…先生?話は解りましたけど、先ほどから下を向いて何をしているんですか?』
ば、バレてしまった…
「実は、私は先生ではないのです…今、教壇に隠れてスマホでグー○ル先生に聞いて必死に調べておりました!ごめんなさい…。
…ってはるさん!いつまでやらすおつもりですか?」
『え?逆ギレですか?元々稜さんが先生ゴッコ始めたと思うんですけど…。来たこともあるって言ってたから、まさかスマホに頼るとは思いもしませんでしたよ。』
返す言葉もない。
またしても俺の完全敗北である。
「はるさん、ちょっとした出来心だったの!私の本日の小芝居は、これで閉幕致します。本当、ごめんね?ま、とにかくさ、子供の純粋な気持ちを無くさないように大人が見本になって接しなさいよ?ってことを現してるんだよね~きっと。それでは気を取り直しましていよいよ陽明門です!この重厚な佇まい!めちゃくちゃカッコいい門だから説明はさておき、ゆっくりご覧下さい!」
『うん、説明はいらないね!稜さん?前に行った静岡の東照宮とはまた違う趣ですね!黒と金と白。絶妙な色合いが何とも言えないね。派手さはないけど、凄く綺麗だわ!』
陽明門をくぐり、三猿と同じくらい有名な眠り猫を堪能し、本殿へ足を運ぶ。
時代を感じる様々な彫刻や国宝を目に焼き付け、弾丸ツアーの目的地であったはずの日光東照宮を後にした。
まさか、この後ここからあんなところまで
移動することになるとは…
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