【19】蕎麦とドライブとサヨナラと。(後)
長野名物の蕎麦を食べ満足した私たちは来た道と反対車線を東京方面へと走り出す。彼曰く、距離でおよそ240㎞、約3時間くらいで東京まで着くらしい。
『稜さん疲れてない?食べたばかりだし
眠気のほうが心配か。』
「ありがとう!今のところ大丈夫だよ~。
はるさんこそ疲れてない?寝てても
いいんだからね~?」
『私が車で寝ないの知ってるでしょ?
寝るなら新幹線で静かに寝るしね~。』
二人の大好きな音楽を聴きながら頭の中で
成田空港からの旅を思い出していると
「…はるさん、この旅は楽しかった?」
と彼が話しかけてきた。彼もきっと私と
同じように旅を振り返っていたのだろう。
『本当楽しかったし、きてよかったよ!
稜さん突然沢山運転させてごめんね?
あと…、プロポーズもありがとう。』
予想していなかったのか、突然プロポーズの話しをされて蕎麦屋の時のような苦笑いをしている彼。先ほどの蕎麦屋での苦笑いはこのことを考えていたのか?と一人で納得し、彼に対して思っている事をまじめに話すことにした。
『稜さん?私はね、普段言わないけど稜さんのことが大好きだよ?でもね、回りの友達とか職場の同僚が結婚して子ども産んだり仕事を辞めて家庭に入ったりしてる話しを聞いててそれって本当に楽しいのかな?と思っちゃうんだよね~。稜さんだってさ、まだ人生の半分もきっと生きていないよね?…残りの人生、本当に私だけでいいの?』
彼は私の真面目な問いについて
真剣に考えているようだ。
『もちろんね、結婚願望がないわけではないの。いつかは結婚もしてみたいとも思うし、その相手が稜さんなら嬉しいと思ってる。でも、まだ今じゃないな~?という感じです。だからこの先も時間はあるし、もう少し真面目な場所でプロポーズすることを考えてくれるかな?』
「……、はるさん?俺は残りの人生、春香と一緒に生きていきたい!それは多分、この先ずっと変わらないよ!はるさんが考えていることは、よくわかったし、俺はこれからもところ構わず、"今言いたい!"と思った時にいつでもどこでもプロポーズするから、それは許してね?もちろん、いつでも真剣な気持ちで言ってるからふざけてるとは思わないでよね~!」
『…多分なのね?』
彼らしい言葉に二人で笑いながら、
繋いでいた彼の左手を握り直した。
ナビが神奈川県に入ったことを告げると急に口数が減る二人。別れの気配が刻々と車内を支配しているのが感じられる。
いつもなら、神奈川県に入る辺りから車の数が増え出して渋滞になるらしいのだが神様は早く二人を離れさせたいのか、こんなに順調でいいの?と思うほど快適に車は進む。そして、予定よりも早く都内に戻ってきた車は東京駅に到着。
駐車場に入れるという彼を制止して一般車が乗降可能なロータリーに行ってもらうことにした。
…何故なら既に彼は泣き始めていたから。
『稜さん?これは今生の別れなの?
泣くことなんて少しもないから。』
「うぅ…、ぅぅーうん、…だ、だ、だって~、…はるさんが帰っちゃうぅぅ…!泣いたらいけないって……わかって、いるけどぉ…やっぱり寂しくて仕方ない~!…はるさんは俺と別れるの…寂しくないの…?」
『…もちろん寂しいよ?まだまだ一緒に居たかったけど仕方ないよね?またいつでもくるし、稜さんも関西まできてくれたらいいじゃん?』
淡々と話す私に渋々納得した様子の彼。運転席のほうへ身を乗り出すと、長めのキスをした。
「…はるさん、やっぱり今すぐ結婚して~!」
抱きつきながら絶叫している彼を引き離す。
本当に世話が焼けるアラフォーだ。
そんなところも可愛いんだけどな。
こうして私の思い付きで突然始まった
今回の旅行は、幕をおろした。
"稜さん、ありがとう。またね。"
新大阪行きの新幹線の中でメッセージを
送るとすぐに目を閉じる。
さて、音楽でも聴きながら静かに眠ろうか。
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