【6】夜明けと砂浜と赤富士(後)

昨晩、人生で初めてのプロポーズを黒星スタートさせてしまった俺は次の手を考えていた。

次の目的地は彼女ご所望の富士山と決まっているのだが、ただ富士山を見るだけでは、芸がない。内緒のサプライズを用意しようではないか!

俺が立てた計画は…まだ夜も明けないうちにホテルを出発し、世界文化遺産にも登録されている【三保の松原】へと向かう。

何としても、日が登り始める前には到着し、富士山と日の出をセットで見せてあげたい!

あわよくば、またプロポーズでもするか?なんて考えてもみるが昨日の今日だ。

流石に数時間での再プロポーズは速すぎる。色々考えろって言われたばかりだしな…。


まずは最初のミッション…彼女を半ば強引に叩き起こし、車へと連れてくることに成功した俺は、機嫌を直して貰うために最寄りのコンビニへと立ち寄り、眠気覚ましのコーヒーを買ってきた。"ありがとう。"と無表情のまま答える彼女。熱いコーヒーを持ったまま窓のほうへともたれ、まだまだ微睡んでいる様子がまた可愛い。絶景をプレゼントするからもう少し待っててね!


太陽が現れていない、群青色の空の下をひたすら海に向かって走り続ける。いつも早起きの俺とは違い変な時間に起こされてかなり眠たいはずの彼女だがそれでも助手席で眠ったりはしない。


『運転してくれてる人がいるのに

隣で寝るのって失礼じゃない?』


という言葉を何度目かのドライブの時に

言われたことを思い出した。


基本俺に対してはとても我儘で無茶振りばかりしてくる彼女だがそういう人間の根本のようなものは凄くしっかりとしていて決してブレない。街中で困ってる他人を助けたりということもサラリと行う。彼女のそんなところもまた好きなところの一つだ。


ようやく目的地に到着。

先に調べておいた日の出時刻の20分前までじっと車で待機することにした。彼女はいつもと違い口数の少ない俺を不思議そうに眺めている。

いや、今は喋っている場合ではないのだ。

後一分…


「よし、はるさん行くよ!!」


大声で叫ぶと急いで車を出て助手席のほうへと回り込み、ドアを開けて彼女の手を支える。

松林を抜けるとすぐに浜辺に出るはずだ…

サラサラの砂に足を捕られ、非常に歩きにくいがここは男らしく彼女をリードしてあげるしかない!慣れない薄暗い砂浜を恐る恐る歩いているはるさんもまた可愛いのだが。

よし、ここら辺でいいはず!

立ち止まり彼女に見てもらう方向を指図した。


(はるさんは、気に入ってくれるかな?)

と思いながら彼女の顔を覗き込むと、先ほどまでの微睡んだ様子は微塵もなくとびきりの笑顔で、昇る太陽と雄大な富士山を見つめ、目を輝かせている。


『ねぇ稜さん?私初めて富士山見た!しかも初めての富士山が赤富士?日本人に生まれてきて本当よかったよね!日の出と一緒にとか最高すぎるよ~!てか富士山って本当に大きいんだね?想像以上だったわ!!あー、ヤバい、キレイすぎて涙出そう。』


普段感情をほとんど表にださない彼女に

日本人でよかったとまで言わしめた富士山。

想像以上のリアクションに大満足の俺は


「どんなに富士山が綺麗でも、

はるさんには敵わないから!」


と言ってみるが、彼女は俺の顔をじっと見つめると、何も言わずにまた富士山のほうを見て目を輝かせている。

こんな態度も俺にとってはご馳走だ。


『稜さん、早起きはこの為だったんだね~。いつもならコロっと横にくるのに、こなかったからおかしいと思ったよ!でも、本当にありがとうね!感動しました。さて、せっかく早起きしたし次はどこに行こうか?もう考えているんでしょ?』


目的を達成しさらりと、

プレッシャーをかけてくる彼女。

案がないわけでもないのだが…


「車に乗ったら教えてあげるね?」

とはぐらかすと、誰もいない海と陸の狭間を手を繋ぎ歩く。


…ヤバい、また言いたくなってきた。

だって、こんな幸せな風景ないでしょ!


俺は彼女の手を離すと、全速力で走り100mほど距離をとった。砂浜を歩き慣れていない彼女には充分な距離だろう。案の定、突然離れたにも関わらず急ぐ様子もみせずにのんびりと海を見ながら歩いてきているようだ。

呆気にとられた彼女が到着するまでに

俺にはやりたいことがあった。


砂浜に

"はるさん、結婚してください"


今度は酒も飲まずに抜群の条件下でのプロポーズの言葉を贈るのだ。到着した彼女が呆れて爆笑する顔を想像し、口を手で隠して含み笑いをする。手頃な木の枝を拾うと書きやすそうな場所を探し、素早くメッセージを完成させた。


声が届く距離になり

『稜さん、何してるの?』

という言葉が聞こえた。


「はるさん!これ見て?」


『え、何?……さい?何これ。』


「え?……さい?…あれっ?!!!」


俺が全力疾走をして書いた求婚の言葉は書きやすさを追及したばかりに波打ち際の波の引いた場所に書くという考えなしの行動により

"さい"という文字だけを残して無惨にもかき消されていた。


『ねえ、さいって何?』


俺は彼女の言葉を無視して改めて

おはようのキスをした。

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